誰かに根も葉もないうわさをされたり、陰で何か言われたりして、不快な気持ちになったことは誰でも1度はあるでしょう。そんなうわさとの向き合い方について描いた、B.B軍曹さんの作品『噂話をされてモヤモヤした話』が共感を集めています。
それは、作者が病院勤務をしていたころの出来事です。ある日、同僚から自分に関する変なうわさが広まっていることを聞かされ、作者は嫌な気持ちになってしまいます。帰宅後も「なんでみんな嘘のうわさを信じてしまうんだろう」と落ち込んでいると、夫は意外にも「おめでとう」と声を掛けました。納得できずに反論すると、夫は「うわさは階段をのぼる人にしか飛んでこない」と話します。
夫がいうには、嘘のうわさの被害に遭う人というのは1歩前へ進んでいる人であり目立つため、どうしても注目を集めてしまうのだといいます。そして自分がのぼることを諦めた人ほど、その姿を羨ましく感じ、石を投げたくなることがあるのだと続けました。
この言葉に納得をしつつも、「どうしてそんなうわさを信じる人がいるのだろう」と作者のなかで新たな疑問が生まれます。これに対して夫は、「人は自分に都合のいい話を信じたくなる生き物だから」と説明します。相手が頑張っていると認めるよりも、「相手がずるいだけだ」と考えた方が、自分の心が楽になることもあるというのです。
だからこそ、そんなうわさを耳にした時は落ち込むのではなく、むしろガッツポーズをしてもいいと夫は言います。続けて「にっこり笑って格の違いを見せつけちゃえばいい」と作者に語りかけるのでした。
同作について、作者のB.B軍曹さんに詳しく話を聞きました。
「うわさ=自分のせい」ではないと気づけた瞬間
ー当時は、そのうわさが事実ではないことを証明したい気持ちもありましたか? それとも、誤解されたことへのショックや傷ついた気持ちの方が大きかったのでしょうか?
当時は「事実じゃない」と証明したい気持ちも強かったです。ただ、それ以上に傷ついたのは、自分の知らない場所で自分という人間を勝手に作られていたことです。うわさの内容そのものより「そんなふうに見られていたんだ」というショックの方が大きいのだと思います。
ー作中では「一歩前に進んだ人ほど目立つ」と語られていましたが、振り返ってみて「だからこそ言われたのかもしれない」と感じる出来事はありましたか?
当時は少しずつ仕事に慣れて、新しいことにも手を伸ばすようになっていました。自分ではただ頑張っているつもりでも、人から見ると目立つ存在になっていたのかもしれません。今思うと、うわさは「調子に乗っていた証拠」ではなく、「人の目に入る場所まで来た証拠」だったのかなと思います。
ー「うわさは階段をのぼる人にしか飛んでこない」という考え方を初めて聞いた時、軍曹さんはどのように受け止めましたか?
最初すぐには納得できませんでした。でも「うわさが立つ=自分に原因がある」と考えすぎなくていいんだと思えて少し楽になりました。もちろん反省すべきことは反省します。でも根拠のないうわさまで全部背負わなくていいという考え方に救われた気がします!
<B.B軍曹さん関連情報>
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