イスラエルの対イラン強硬姿勢は、通常、核開発問題や地域安全保障上の脅威によって説明される。実際、それらこそがイスラエルの政策を規定する中核的要因である。しかし、その背景には見落とされがちな構造的変化が存在する。それがエネルギー安全保障の向上である。
イスラエルは長年、エネルギー資源に乏しい典型的な輸入依存国だった。石油や天然ガスの大半を海外に依存していたため、中東情勢の不安定化は経済と安全保障の双方にとって大きなリスクとなっていた。
二つのガス田発見で状況一変
しかし、2009年のタマル・ガス田、2010年のレヴィアサン・ガス田の発見によって状況は一変した。東地中海で発見されたこれらの巨大ガス田は、イスラエルのエネルギー構造を根本から変えた。現在、イスラエル国内の発電用燃料の約7割前後を天然ガスが占め、そのほぼ全量を国内生産で賄っている。さらにイスラエルは天然ガスをエジプトやヨルダンへ輸出しており、エネルギー輸入国から地域的なエネルギー供給国へと変貌を遂げた。
原油についても、イスラエルはペルシャ湾への依存度が比較的低い。主要調達先として知られるのはアゼルバイジャンであり、時期によって変動はあるものの、輸入原油の相当部分を同国から調達しているとされる。またカザフスタンなどカスピ海地域からの供給も重要な役割を果たしている。
この点は、対イラン政策を考える上で重要である。日本や韓国、中国、インドなどのアジア諸国は、中東産原油への依存度が高いため、ホルムズ海峡の安全確保を重要な国益として位置付けている。欧州諸国もエネルギー市場の混乱を強く懸念する。一方、イスラエルはホルムズ海峡封鎖による直接的な供給リスクが相対的に小さい。そのため、エネルギー供給への影響を過度に懸念することなく、安全保障上の判断を優先しやすい環境にある。
エネルギー供給への不安が小さいほど広がる政策選択の幅
もちろん、イスラエルが世界経済から切り離されているわけではない。中東有事によって国際原油価格が急騰すれば、燃料価格や輸送コストの上昇を通じて経済的な影響を受ける。また、投資環境の悪化や金融市場の混乱も避けられない。したがって、イスラエルが中東情勢の不安定化から完全に自由というわけではない。
それでもエネルギー自給率の向上が、外交・安全保障政策における戦略的自由度を高めていることは否定できない。国家が安全保障上の決断を下す際、エネルギー供給への不安が小さいほど政策選択の幅は広がる。イスラエルは過去20年間で、その条件を大きく改善したのである。
最重要は依然として安全保障要因
もっとも、イスラエルの対イラン強硬姿勢を説明する上で最も重要なのは依然として安全保障要因である。イスラエル政府は、イランの核開発能力の向上を国家存立に関わる脅威と認識している。歴代政権は党派を超えて「イランの核武装阻止」を国家戦略の最優先課題として掲げてきた。
加えて、イランが支援するヒズボラ、ハマス、フーシ派などの武装組織もイスラエルにとって重大な脅威である。イスラエル側から見れば、イランは単なる敵対国家ではなく、複数の代理勢力を通じて周辺地域で軍事的影響力を拡大している存在と映っている。
さらに忘れてはならないのが米国との同盟関係である。イスラエルは長年にわたり米国から巨額の軍事支援を受け、高度な兵器システムや情報協力を享受してきた。国際社会においても、米国の外交的支援はイスラエルにとって重要な戦略資産となっている。この強固な関係が、イスラエルの対イラン抑止力を支える重要な基盤となっていることは疑いない。
したがって、イスラエルの対イラン強硬姿勢を支える要因を重要度順に整理すれば、第一に核開発や代理勢力をめぐる安全保障上の脅威認識、第二に米国との強固な同盟関係、そして第三にエネルギー安全保障の向上による戦略的自立性の拡大ということになるだろう。
イスラエルがイランに対して強硬姿勢を維持できる理由は、単なる政治指導者の意思や軍事力だけではない。東地中海ガス田の開発によって獲得したエネルギー安全保障は、同国の外交・安全保障政策における制約を軽減し、戦略的自由度を高めた。対イラン政策の主因ではないものの、イスラエルの強硬姿勢を下支えする重要な構造的要因の一つとして位置付けることができるのである。