「寿命が尽きる前に、頭にある物語をすべて書き出したい。人生のすべてを漫画に捧げたいです」
そんな思いで漫画を描き続けているのは、漫画家とらじろうさん(@torazirou7)。実はとらじろうさん、34歳で“終活”をするほど自分の人生に限界を感じていた。
そこから心を立て直すまでには、どんな紆余曲折があったのだろうか。漫画に対する思いや自身の半生を伺った。
友人や仲のいい先輩からのいじめに苦しんだ日々
学生時代、とらじろうさんは友人からのいじめに苦しんだ。軽く脅す、消しゴムを隠すなどの行為は徐々にエスカレート。カバンを勝手に漁られてメガネや生理用品を隠されるようになった。
特に苦痛だったのは、休憩時間。黒板いっぱいに名前を書かれ、それを慌てて消していると、後ろの黒板に名前を書かれた。
「加害者からしたら、“いじり”。1対1だと良い友人だったので、いじめだと気づくのに時間がかかりました」
社会人になってからは、人間不信に陥るいじめを経験する。勤め先の病院は病室すべてに鍵がついていた。診察介助やベッドメイキングなどのサポート業務を行っていたとらじろうさん。なぜか毎回、担当した部屋の鍵が行方不明になった。
病院のものをなくす常習犯――。周囲からそう見られる中で、唯一味方でいてくれたのは仲がいい先輩。先輩は、なくなった鍵を見つけてきてくれることもあった。
3年ほど経った頃、病院側が防犯カメラを設置。すると、衝撃の事実が明らかに…。なんと、とらじろうさんをおとしめていたのは、その先輩だった。ショックから、とらじろうさんはふさぎ込み、人を信じられなくなったという。
出産と育児を経験する中で「適応障害」を発症
結婚したのは、28歳の頃。育児は想像以上に大変だった。長男は早産で、出産後は重度の睡眠不足と高血圧に苦しんだ。次男を妊娠した際には切迫早産となり、4カ月の寝たきり生活を経験したという。
次男の出産後、助産師から「病院を紹介するレベルの産後うつ」と言われたが、病院を受診することなく、次男が1歳の頃に職場復帰を果たした。
だが、復帰後は子どもの風邪で休むたびに申し訳ない気持ちでいっぱいに…。周りに頭を下げながらなんとか乗り越えていたが、ある日、心身に異変が起きる。
「子どもを保育園に送った時に涙が溢れ、車から出られなくなりました」
その日はお迎えも行けず、動悸や手の震え、息苦しさなどの症状が現れ、ベランダから飛び降りたい衝動に駆られた。
「子どもたちは誰かが見てくれる。だから私は、もう人生を終えようって」
実はとらじろうさん、出産や育児を経験する中で適応障害になっていたのだ。
命を紡いでくれたのは学生時代に描いた“未熟な漫画”
34歳の時、とらじろうさんは終活を始めた。「死にたいし、誰にも迷惑をかけたくない」と思ったからだ。
生きていた痕跡をできるだけ残したくない。そう思い、洋服や写真など身の回りのものを整理し、処分し始めた。
だが、その中で目に留まったのが高校生の頃に描いた漫画。実はとらじろうさん、高3の頃に漫画を描いており、漫画賞を受賞した経験がある。当時は担当の編集者がついたが、価値観が合わず、漫画が描けなくなってしまい、1年ほどでペンを置いたのだ。
「コマ割りも絵柄も内容も薄っぺらく、プロを目指していたとは思えない作品でしたが、その未熟な漫画が“生きる道”へ戻してくれたんです」
もう一度、漫画を描きたい。そう感じ、独学で漫画を勉強。2年前からSNSなどで自作漫画を配信し始めた。
漫画の舞台を“あの世”にしている深いワケとは?
病院で働く中で多くの患者と関わり、命の尊さを痛感してきたとらじろうさん。現実世界で亡くなった方が助かったり、死後に元気にしていたりする姿を描きたいという思いから、作品の舞台は、“あの世”だ。
例えば、『夏になったらやってくる!死神のクワガタのお兄ちゃん』は拡張型心筋症という大病を患う男の子が主人公。外に出ることなく、静かに旅立とうとしていた男の子がクワガタを持った死神との出会いを機に命が救われ、人生を謳歌するというストーリーだ。
「助けたいのに助けられない現実に、漫画という救いの手を差し伸べた話です。普通に生きることがどれだけ大変で、どれだけ幸せかを伝えることに重点を置きました」
今も精神科には定期的に通院しており、月に一度くらいは布団から出られない日がある。だが、そんな自分も受け入れ、とらじろうさんは1日1日を生きている。
いつか育児が落ち着いたら、商業漫画にも挑戦したい。そんな目標を持ち、前に進むとらじろうさんの姿は癒えない傷の抱え方に悩んでいる人に響く。その生き方や作品の数々に触れると、自分の命の扱い方を振り返りたくもなることだろう。