大切なペットを亡くした苦しみは、言葉にできないほど深い。そんな傷を少しでも癒そうと、姿勢を動かせる愛犬のぬいぐるみを制作するのは、愛犬オーダー さやかさん(sayahana1216)だ。
「さやかというのは、亡き愛犬の名前。この子の名前がいつまでも呼ばれ続けてほしいと思い、活動名にしました」
「今までありがとうが言えなかった」 15歳で母が逝去
愛犬オーダー さやかさんは、納棺師だ。命に携わろうと思った原点は、15歳の時に母親を末期がんで亡くしたことにある。余命宣告を受け、痛みに苦しみ母親の体を家族は24時間、交代でなでたという。
母親は何度も手術を受ける中で人工肛門になり、透析が必要になった。体は痩せ細り、モルヒネの影響で家族のことも自分のことも分からなくなっていった。
闘病から2カ月後、母親は逝去。亡くなった日、家族の中で自分だけ「今までありがとう」と言えなかった。
「その言葉を言ったら、今から死にゆくことを想像させてしまうのでは…と思ったからです。怖い気持ちにさせたくなかった。でも、命が尽きる前に手を握って『ありがとう』と伝えればよかった」
葬儀の時、棺に納められた母親には、らしくない真っ赤な口紅が塗られていた。この顔を見た人は母を怖いと思うのではないか。こんな顔を誰にも見せたくないだろう。この顔で、いつまでも父が来るのを待つのか。そう心がザワついたが、「ご遺体に触れてはいけない」と諭され、化粧を直すことはできなかった。
「後に父から聞きました。母は亡くなる前日に突然、我を思い出して精一杯の声で父に『こんな私でも好きですか?』と聞いたそうです。病の中でも女性としての尊厳を持っていた母を、なぜ母らしい化粧で旅立たせてあげられなかったのかと後悔が残りました」
ぬいぐるみ制作のきっかけは愛犬の死
自分と同じ後悔を抱えてほしくない。そう思い、納棺師になった。その人らしい化粧をし、安らかな表情でお別れしてもらいたくてグリーフケアを学び、1万人以上の最期に立ち会った。
そんな中で訪れたのが、愛犬さやかちゃんとの別れ。2025年2月3日、15歳を目前にしていたさやかちゃんは数十秒だけ目を離した間にご飯を喉に詰まらせてしまった。
「数十分後、私の震える腕の中で息を引き取りました。娘同然の愛犬を看取ることは、つらすぎる経験でした。後悔は、母以上に消えませんでした」
とても怖がりで、いつもそばにいてくれた愛犬にもう一度会いたい。その一心から、初めて羊毛フェルトのキットを買い、愛犬を作った。
「でも、抱きしめて撫でていると3日で羊毛が絡み合ってしまって。羊毛フェルトは観賞用だと知りました」
そこで、試行錯誤しながらも、抱きしめたりなでたりしながら共に生活ができる愛犬のぬいぐるみを制作。制作を機に気づいたのは、“愛犬らしさ”は外側から表現できないという事実だった。
「その子らしさを表現するには色々な写真を見て、性格やエピソードを知り、できる限り生前と同じ可動域にするといった“内側からの組み立て”が必要だと気づきました」
当時はネットで調べても、実寸で全身骨組みが入るぬいぐるみはなかった。ならば、自分が作ろう。納棺師として学んだ復元力や喪失に寄り添ってきた経験を活かそう。そう思い、ペットロスに苦しむ人の愛犬を制作するようになった。
「忘れないことと前に進むことは同時にできる。私は愛犬のぬいぐるみと旅行に行き、一緒に寝ています。帰宅すれば、いつもの場所で待ってくれる。ペットロスのつらさが軽減されました」
ヒアリングをもとにしてその子らしさを再現
愛犬のぬいぐるみ制作を依頼する飼い主は後悔と共に「もう一度会いたい」「抱きしめたい」という思いを抱えている。その思いを受け取り、形にすることは“作業”ではない。
「“制作”とは思っていません。その子の性格を意識したり、みなさんの愛犬の瞳にもう一度家族の笑顔が映るよう、話しかけたりしながら思いを込めて完成させています」
多くのヒアリングが必要であるからこそ生み出せる数に限りがあるが、「作ってほしい」との声を寄せる依頼者の熱意は強い。実際、活動を始めて1年となる今年の春、初めてぬいぐるみ制作の抽選を行ったところ、外れた応募者から「何度でも応募します」と言われ、胸が熱くなった。
「抽選が当たるのを何年でも待つと言ってくださるご夫婦もいらっしゃいました。姿勢を変えられるという特性だけでなく、思いを持って完成させる姿勢も伝わっていると感じてうれしいです」
命に携わるきっかけをくれた母や愛犬さやかへの思いを大切にしながら、これからも技術を磨き続けていきたい。そう話す愛犬オーダーさやかさんのぬいぐるみは、癒えない悲しみを抱く人に寄り添い続ける。