言い争いになった時に「謝ってくれたはずなのに、なぜか心が晴れない」と感じるような謝罪をされることがあるでしょう。言葉としては謝罪の形を取っていても、そこに込められた温度感ひとつで、受け取る側の気持ちは大きく変わってしまうものです。B.B軍曹さんがSNSに投稿した作品『妻のモヤモヤを解消した夫の態度』は、謝罪における「言葉選びの重要性」を鋭く描いています。
物語は、作者が以前交際していた男性とのやり取りに遡ります。ある日、作者は彼に対して「友達の前で私を貶すのはやめてほしい」と勇気を持って注意しました。すると、相手から返ってきたのは「なんかごめん」という言葉でした。
謝罪の言葉の前に「なんか」という言葉が付くだけで、まるで「自分は悪くないと思っているけれど、とりあえず場を収めるために謝っておこう」というニュアンスに聞こえた作者は、彼に対して拭いきれない不満を抱きます。
月日は流れ、作者は現在の夫である髭さんと結婚した後のこと。ある日、2人の間で「言った・言わない」の些細な喧嘩が勃発しました。言い合いの数分後、お互いに謝ることになったのですが、その時の髭さんは「なんにせよ本当にごめん」と言います。
この「なんにせよ」という言葉が、作者の心に深く響きます。髭さんは、どちらが正しいかという議論を超えて、相手に嫌な思いをさせてしまったという事実に真っ直ぐ向き合うことをこの言葉で表したのです。この「なんにせよ」という言葉に込められた、相手を尊重する誠実な姿勢に、作者は「謝罪の在り方」を感じたのでした。
同作について、作者のB.B軍曹さんに詳しく話を聞きました。
謝罪は「正しさ」のジャッジではなく「安心」を作る行為
ー「なんかごめん」と「なんにせよごめん」の徹底的な差はなんだと思われますか?
1番大きな違いは、出来事に対して謝っているか、相手との関係を思って謝っているかの差だと思います。「なんかごめん」は、とりあえず空気を収めたい、自分が悪いかどうかは判断していないというニュアンスが含まれやすい言葉です。
一方で「なんにせよごめん」は、どちらが正しいかは一旦置く、でも関係は大事にしたい、嫌な気持ちにさせた事実は受け止めたいという姿勢が含まれています。謝られたのにモヤモヤする時は、「謝られた」のではなくて適当に謝罪することで事務処理された感じがするからだと思っています。
ー言葉の語尾や接続詞ひとつで感じ方が変わると気づいたきっかけはなんだったのでしょうか?
私自身は、髭の言葉を観察していて気づきました。同じ「ごめん」でも、何に対して、どこまで引き受けて、何を守ろうとしているかが全部違うのですよね。例えば髭はよく、「一方的に突っぱねて悪かった」「確認不足だった」みたいに、謝罪の対象を具体的に言葉にします。
これを聞いた時に初めて、謝罪はどちらかの正しさをジャッジする行為じゃなくて安心を作る行為だと気づきました。語尾や接続詞って小さな違いに見えるのですけど、実はそこに「相手をどう扱っているか」が全部出てしまうのかなと思っています。
ー髭さんが「勝つ」より「楽しく過ごす」を優先できるのはなぜだと思いますか?
髭はおそらく、議論は目的じゃなくて手段だと思っているからだと思います。多くの場合、人は議論を始めた瞬間に正しいかどうか、優勢であるかどうかをゴールにしてしまいがちですが、髭は最初から「どうやったら皆にとって1番ハッピーになれるか」をゴールに置いていますね。だから折れているように見えて、実は折れていなくて、1番いい落とし所を探しているだけだと思います。
正しさは1人でも成立するけど、人間関係は2人いないと成立しない。だから髭は「どちらが正しいか」よりも、「このあとも気持ちよく一緒にいられるか」を選んでいる。その視点に立つと、謝ることも負けることではなくて、人間関係を前に進めるための1つの選択になるのかなと思っています。
<B.B軍曹さん関連情報>
▽Instagram
https://www.instagram.com/b.bgunso/
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