京都市右京区の阪急西院駅から北へ徒歩5分。西大路通沿いのブロック塀に赤いペンキで大きく「ゆ」と書かれた銭湯がある。
入口は表通りである西大路通になく、路地を西へ入り、角を曲がるとたどりつく。「まちの銭湯」という言葉がぴったりな店構えだ。
1925(大正14)年創業の「旭湯」。
西院エリアで唯一営業する銭湯で、昭和レトロな雰囲気が漂う。中は昔ながらの番台スタイルだ。
3代目店主の林勝明さん(64)は、銭湯文化が色濃く残る京都市内でも珍しい、おがくずを燃料にして天然の地下水を沸かすこだわりを持ち続ける。
湯冷めしないと評判で、長年にわたり常連客に愛されてきた。
そのうちの1人が、映画やドラマ、CMで引っ張りだこの個性派俳優、寺島進さん(62)。映画やドラマの撮影、テレビ番組のロケで京都に滞在することがあると毎日のように訪れる。
林さんは「うちを気に入っていつも来てくれはります。お正月にプライベートで奥さんやお子さんを連れてきてくれたこともありました。奥さんは、びっくりするくらいのぺっぴんさん」と顔をほころばせる。
男湯の脱衣所の奥にある棚には寺島さんのお風呂セットが置いてあるというので、林さんにお願いして見せてもらった。
レジ袋には太字のマジックで「寺島さん」の文字。中には、ピンク色のかごのようなものがうっすらと透けて見えた。
偶然の出会い
2人の出会いは15年ほど前にさかのぼる。
林さんは近所の路上でコインランドリーに入っていく寺島さんの姿を偶然見かけた。「Vシネマ好き」で寺島さんの出演作を見ていた林さんは、本人と確信。その場でサインをもらい、妻と一緒に声を掛けた。
「うちにもコインランドリーがあるから来てくださいよ」
そうしたらしばらくして、旭湯に併設されているコインランドリーに寺島さんが来てくれた。帰りに入浴を勧めた。
レトロな味わいとおがくずでわかす銭湯、そして人情。東京・下町育ちの寺島さんの心を捉えたのか、それ以来、京都での定宿に近い旭湯をひいきにしてくれている。
寺島さんは風呂上がりに映画やドラマの台本を読み返すこともあるという。その場所はきまって、脱衣所のロッカー近くに置いてある背もたれつきの木のいす。
林さんは思い起こす。
「一番長いこと来てくれはったのは、(テレビドラマシリーズ)『京都地検の女』の撮影のとき。3カ月ほどかな、その間はずっと来てはったね。お客さんも最初は『寺島さんや』と驚いてたけど、最後はサウナで会っても普通の常連さんみたいに会話してましたよ」
寺島さんは「別格」
旭湯は寺島さん「推し」を徹底する。脱衣所には撮影やロケで訪れたさまざまな芸能人のサイン色紙が並ぶが、寺島さんの色紙は他よりも一段高い、最も目立つ場所に飾り、名前の欄も赤枠で囲っている。
寺島さんが出演したドラマのポスターも張り出しているほか、寺島さんが出演する番組はバラエティーであろうと旅番組であろうと、旭湯のSNSなどでこまめに宣伝する。
「結構、俳優さんも来てくれはるけど、寺島さんは別格やね。普段から(テレビで見る)あのまんま。気のええ人で、ものすごく親切。気の利く人やね」
林さんによると、寺島さんも自身が出演するテレビの旅番組などで、京都に行きつけの銭湯があると公言し、旭湯を何度か紹介してくれた。
一番印象に残っているのは正月の特番。旭湯の一日に密着するという企画で、寺島さんは林さんと一緒に軽トラックで燃料のおがくずを取りに行き、釜で風呂を沸かした。営業を終えた後は、夜中の1時から一緒に「パンツ一丁」で浴場を掃除したという。
「癒されるんです」
寺島さんは、太秦の松竹撮影所に銭湯のセットを組み、2023年に映画化された「湯道」に出演している。映画の公式SNSで公開されているインタビュー動画で「人生最高の一湯」を尋ねられた寺島さんは、こわもての顔を崩し、しみじみと語っている。
「仕事おわった後、疲れた後に旭湯さんに入ると、心身ともに癒やされるんですよねえ」
創業100年を迎えた京都の銭湯には、「湯道」に魅せられた店主と名俳優の熱い絆があった。