「せっかくだから」と作った手作りいなり寿司
保育園のママ友との付き合いは、不思議な距離感があります。毎日の送迎で顔を合わせ、あいさつや立ち話はするものの、家庭のことまではよく知らない。仲が悪いわけではないけれど、気心が知れているほどでもない―。そんな関係だからこそ、ちょっとした感覚の違いに戸惑うことがあります。
東京都在住のOさん(30代)は、ある土曜日の午後、保育園で顔を合わせるママたちとの子ども同伴の持ち寄りパーティーに誘われました。普段は送迎のときに少し話す程度の関係で、事前に「何を持っていくか」といった打ち合わせもありませんでした。
気軽な集まりなのだろうとは思いつつも、午後の開催とはいえ、お昼どきにかかる時間でした。子どもたちも集まるのだから、お菓子だけでは物足りないかもしれない。そう考えて、その日は午前中に少し時間もあったため、いなり寿司を作って持っていくことにしました。
油揚げを煮て酢飯を詰めるだけとはいえ、それなりに手間はかかります。それでも、「せっかくなら子どもたちが喜ぶものを」と思って準備しました。特別豪華なものではありませんが、持ち寄りの場にひとつくらい軽食になるものがあったほうがいいだろう、という気持ちでした。
並んでいたのは駄菓子とスナック菓子ばかり
ところが会場に着いて、テーブルの上を見た瞬間に少し驚きました。並んでいたのは、大袋のスナック菓子や駄菓子、コンビニで買ったと思われるチョコレート菓子ばかり。どれも手軽で子どもが好きなものではありますが、お昼をまたぐ集まりにしては「おやつ一色」だったのです。
もちろん、持ち寄りに決まりはありません。忙しい毎日の中で、手軽に買えるものを持ってくるのも自然なことです。平日は仕事をしているお母さんがほとんどなので、料理に手をかけられない事情もあるのでしょう。
ただ、その日は土曜日でした。午前中のうちにスーパーやコンビニに寄る時間があるなら、せめてサンドイッチや総菜パンなど、もう少し食事らしいものを選ぶこともできたのではないか、と感じてしまいました。
毎日忙しいのはみんな同じですし、普段は料理が簡単でも構わないと思います。それでも、子どもたちが集まる場で、しかも昼どきにかかる持ち寄りなら、「何を持っていけばみんなが食べやすいか」と、少し考える余地はあるはずです。
歓声とともに消えたいなり寿司に残ったモヤモヤ
そんな中で、Oさんの持ってきたいなり寿司をテーブルに並べると、「わあ、いなり寿司!」「手作り?すごい」と歓声が上がりました。子どもたちはもちろん、大人たちまで一斉に手を伸ばし、いなり寿司はあっという間になくなりました。
喜んでもらえたこと自体は、うれしいのです。せっかく作ったものがすぐになくなるのは、作った側として悪い気はしません。
それなのに、なぜか心の中にはモヤモヤが残りました。
自分だけがしっかり食べられるものを持ってきて 、ほかはスナック菓子ばかり。その中でいなり寿司だけが歓迎され、一瞬で消えていく光景を見ていると、「喜ばれた」というより、「都合よくあてにされた」という感覚になったのです。
もちろん、誰かに悪気があったわけではありません。ですが、みんなが「誰かがちゃんとしたものを持ってくるだろう」という空気で、お菓子だけを持ち寄っていたのだとしたら、その気軽さに、どこか釈然としないものがありました。
気軽な持ち寄りに見える価値観の差
持ち寄りパーティーは、それぞれの価値観がよく表れます。とりあえず、お菓子があれば十分と考える人もいれば、せっかくなら子どもたちが喜ぶものを準備したいと思う人もいます。
問題なのは、その価値観の差があるまま、なんとなく集まりが成立してしまうことです。
「手作りするのが当たり前」とは思いません。ですが、お昼どきの子どもの集まりで、お菓子だけ並べればよいと考える感覚には、正直驚きました。忙しいから、時間がないからという理由は理解できますが、土曜日の集まりなら、子どもたちが食べやすいものを少し意識してもよかったのではないか、と感じたのです。
その少しの手間を惜しむ人と、「子どもが喜ぶなら」と準備する人。その差があると、頑張った側だけが損をしたような気持ちになります。
いなり寿司が喜ばれたことは事実です。でも、そのうれしさ以上に、「次はもう、ここまでしないでおこう」と思ってしまったのも、また事実でした。
気軽な持ち寄りのはずなのに、終わったあとに残ったのは達成感ではなく、価値観の違いを突きつけられたような疲れでした。こうした小さなズレこそが、ママ友付き合いの難しさなのかもしれません。