冷え込みが厳しくなった師走の朝。京都府綾部市唯一の酒蔵である若宮酒造で、新商品である純米生原酒の瓶詰め作業が行われた。社員たちは、搾(しぼ)りたての酒を1本ずつ黙々と詰めていった。
「酵母を変えて新しい味に挑戦してみた」と杜氏(とうじ)の上野義夫さん(74)。「炭酸が少し残り、華やかでフルーティーな感じに仕上がった。上々のできばえ」と胸を張った。
冬の恒例作業のように見えるが、一時は存続の危機に見舞われた。2024年3月1日、オーナー兼杜氏の前社長が酒造りの作業中に52歳で急逝。会社の事業継続が危ぶまれる事態に陥った。
廃業の選択肢もあったが、酒造大手「月桂冠」(京都市伏見区)のOBを中心に設立した会社「夢酒蔵」(同右京区)が同11月、買収した。滋賀県高島市の酒蔵に続いて2例目の事業継承となった。
「地方の酒蔵を元気にする」が夢酒蔵のコンセプトだ。代表取締役の大邊誠さん(63)は月桂冠で37年間、管理部門を中心に働いた。「好きな酒造りからずっと離れていた。60歳を転機に、もう一度、酒造りの仕事をしたいと、原点に立ち戻った」
ブランドの「綾小町」を守り、従業員を継続雇用する条件で、大邊さんは若宮酒造の代表取締役も兼ねることになった。
慣れない蔵。手探りで酒造りを再開した。「手順も何も残っていなかった。前社長のパソコンにデータが入っていると思われたが、パスワードは解除できないまま。だが、米と酵母の種類は分かる。おおよその見当はついた」と振り返る。
幸いにして顧客から「味が変わった」という声は出ていない。大邊さんは「ブランドを大切にしつつ、よりおいしくするのが基本姿勢」と前置きした上で、「将来的に、いろんな特徴を持たせた商品も必要になる。新たな純米生原酒『しぼりたて』もその一つだ」と語る。
国内の日本酒造りを取り巻く環境は厳しい。新型コロナウイルス禍以降、需要がなかなか復活しない。酒米の価格や光熱費の高騰が続く。杜氏の仕事は過酷さで知られ、高齢化が著しく、後継者不足も深刻だ。
一方で24年12月、日本の「伝統的酒造り」が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録された。これを機に日本酒が見直されてきた面もある。
「若宮酒造の全出荷のうち、地元消費が9割を占める。綾部市民に『うちの町には、こんなにいい酒蔵がある』と自慢していただける存在になりたい」