何らかの障害があったり、小さな子どもがいたりすると、当事者やその家族は「外出できる場所が限られている」というもどかしさを抱えやすい。
埼玉・草加市にある「Sloth Café(スロースカフェ)」(@slothcafe2022)は、そうした当事者を優しく受け入れるバリアフリーなコミュニティカフェだ。
オープンのきっかけは、店長の岡田実和子さん自身が重度の障害児である我が子との外出に悩んだことだった。
重度の障害がある我が子と外食を楽しみたくて悩んだ日々
2005年9月、岡田さんは我が子を出産。息子さんは早産となり、妊娠7カ月の頃に1044gで産まれた。出産時、息子さんは仮死状態。脳に酸素が行かなかったため、運動神経が集まる脳の「白質」への血流が低下して起きる「脳室周囲白質軟化症」を発症した。
「今は20歳ですが、まだ首がしっかり座っておらず、自力では座位もとれません。食事や排せつ、入浴、着替えなど、全てにおいて介助が必要です。ただ、不明瞭ではありますが、小学校低学年程度のコミュニケーションはとれます」
我が子に重度の障害が見られたことで家族の生活は一変。中で特に悩んだのが、外食だった。車椅子での入店を拒否されることもあり、入店できたとしても車椅子で入れるトイレがなく、困ってしまうことが多かったからだ。
「車椅子用トイレがあっても、赤ちゃんより大きい子のおむつ替えができるベッドが備え付けられている飲食店は、ほぼありませんでした」
また、当時は形態食(※固形物が飲み込めない方でも食べられるペースト状の食事)の持ち込みができなかったことも家族での外食を楽しめない理由のひとつに。
そこで、岡田さんは一念発起。障がいのある人や健常者、高齢者、子育て中のママなど、どんな人も歓迎するカフェを作ろうと決意した。
物件探しは半年近く難航…持病の悪化も乗り越え、お店をオープン!
岡田さんいわく、車椅子やバギーでも入れる広さで、ユニバーサルトイレを完備しているカフェは、通常のカフェよりもランニングコストが高くなるという。
少しでも初期費用を抑えたい。そう思い、岡田さんは家賃が安い倉庫を改装してカフェを立ち上げることにした。
だが、飲食店として貸してもらえる倉庫は皆無。岡田さんは半年近く、ネットや電話で問い合わせたり、飛び込み交渉をしたりと大奮闘した。その最中には持病のヘルニアが悪化し、手術。一時期は、自身も車椅子ユーザーとなった。
だが、強い思いは実を結ぶ。2023年、ついにカフェのコンセプトに深く賛同してくれるオーナーや不動産屋と出会え、お店作りがスタート。店内の設計は、障害児を育てた経験がある設計士に依頼した。
「ご自身の育児経験から、長時間の座位が難しい方が横になれるように小上がりを設けるなど、おしゃれで車椅子ユーザーの視点に立ったデザインにしていだけました」
また、施工会社も協力的で、緩やかな角度のスロープや安全性の高いドアなど、通常の施行ではあまりないような要望を快く叶えてくれたという。
「スタッフは、当店の理念に賛同してくれた知り合いのママ8人です。うち7人は障害のあるお子さんを育てています」
車椅子ユーザーや子育てママが安心してくろげる工夫が満載な店内
2023年10月17日、「Sloth Café」はオープン。店内は段差がなく、通路が広いため車椅子でも通りやすい。さらに、車椅子ユーザーと介助者が一緒に入れるくらい広く、大人のおむつも替えられるユニバーサルシート付きのトイレを完備。
「嚥下食を召し上がる方には、ミキサーや自助具の無料貸出を行っています。目の不自由な方には文字が大きいメニューをご用意しますし、周りが気になる方は個室を使っていただけます」
こうした“誰もが安心して過ごせる工夫”は、来店客にとって居心地の良さに繋がっている。岡田さんのもとには、「ユニバーサルトイレがあるので、おむつ替えのために早く帰る必要がなく、安心してゆっくり食事ができる」、「ミキサーを持ち歩かなくても、フラっと立ち寄ることができる」など、喜びの声が多く寄せられているそうだ。
なお、特別支援学校や福祉施設の団体から貸切の予約が入った時には、ペースト食やアレルギー対応などの細かなリクエストにも対応。子育て中の親も気軽に来られるよう、絵本や塗り絵など子どもが楽しめる工夫も取り入れている。
「お店のロゴにナマケモノを採用しているのは、日頃、介護やお仕事で忙しい方たちが、たまにはゆっくりできますように、という想いからです」
来店客や友人からのプレゼントによって、店内にはナマケモノのぬいぐるみも増えていっているという。
日常的な介護で感じる“孤独”に寄り添いたくて多様なイベントを開催!
オープンから約2年がたった今、「Sloth Café」では障害児のきょうだい(きょうだい児)と家族を支えるイベントや子ども向けのプログラミング教室、アクセサリーワークショップなど、様々な催しが行われている。
「介護は体験して初めて、とても孤独なことに気づく。夜中のケアもあり、睡眠時間はコマ切れになって心身が疲弊していく。だから、リフレッシュタイムや同じ境遇のお友達を作るきっかけになってほしくて、イベントを開催するようになりました」
中でも、特に盛り上がったのは車椅子でディズニーへ行く方法を語り合うイベントだ。
「3分の2の参加者はディズニーの攻略法を共有しに来ていたのですが、途中から面識がない障害児ママグループも加わり、いつの間にか、お客様全員でのディズニー情報交換会になっていました(笑)」
ひとりじゃないと感じてほしい。そんな想いから様々なイベントを企画・開催しているからこそ、その光景は岡田さんの目に微笑ましく映った。
「いつ来ても笑顔で挨拶し合い、おいしいものを食べたり飲んだりして心を充電し、明日からまた頑張ろうと思える。そんな存在のカフェであり続けたいです」
どんな人の事情も気持ちも受け入れてくれる「Sloth Café」は、サードプレイスとも言える場所。足を運べば、肩の力が抜け、心のバリアフリーを考える機会も得られることだろう。