京都府宇治市の人気ケーキ店「ツア・クローネ」が同市内に移転し、新たな形で再開しました。開業して30年余。スタッフは最多10人だったのをオーナー夫妻の2人体制に、機械は極限まで減らして製造能力は4分の1と、ミニマム化を図っています。「老後を見据え、80代になっても菓子作りが続けられる形を模索した」とする夫妻に経緯や働き方について聞きました。
阪本秀伸さん(62)と妻でチーフを務める佐季子さん(59)。2人は修業先である大阪府枚方市のケーキ店で知り合った。結婚とともに独立し、1991年に城陽市でツア・クローネを開いた。店名はドイツ語で「上を目指す」の意。こだわりの素材を生かした味の追求を信条とする。
2000年に宇治市琵琶台1丁目の住宅地へ移転した。1日最多400個を販売する「大吉山シュークリーム」のほか、リンツァートルテといった伝統菓子、旬の果物を使った新作ケーキなどを次々と発表。高度な装飾技法を駆使したバースデーケーキは3代に渡って注文が寄せられるほど人気で、客足は途絶えない。
阪本さんが還暦を迎えた2年前、今後について考え始めた。「体力も低下して、これまで通りたくさんのお客さまに作り続けることができるのだろうか。店の土地を購入して建て替えたり、機材を買い足したりしたので、銀行からの借金が全額返済できるのか…」
後継者はおらず、佐季子さんも「大きな店を続けていくのは難しい」と感じていた。「どちらかが先に亡くなってしまうかもしれません。10年後、そして20年後、閉店をきちんと判断できるのか、体力的にも行けるのかと思いました」
人気店とはいえ、最大10人の従業員を雇い、工夫を重ねて大幅な値上げをしなかったため、大きな利益は出ていなかった。3年前に長女が急逝したこともあり、「リタイアしようか」と阪本さんの心は揺れた。
でも一歩前へ背中を押したのは、夫妻で共通する「やっぱりお菓子作りが好き」との思いだった。阪本さんは「おいしいものを作り、お客さまに喜んでほしい。これまでは自宅から店へ通っていましたが、今度は自宅の離れに小さな厨房(ちゅうぼう)を作り、お客さまに来ていただけたら、と考えました」。
2025年4月に琵琶台の店を閉じ、3カ月後の7月、同市五ケ庄二番割にある自宅の敷地内で新たなスタートを切った。スタイルはさまざま変更した。従業員は雇わず、夫妻2人で運営する。店の大きさは50坪から30坪に。製造機器は極限まで減らし、菓子作りの原点である手製で行う。
阪本さんは「前の店では全工程を1人では到底できないので、クリームを炊く機械やシューの皮を絞る機械を導入していました。でも今度は機械を入れる場所もなく、自分たちの手で作る。ハードワークになりますが、手作りのほうがおいしい」と語る。
営業時間は前の店では午前10時~午後6時だったが、新しい店は製造を終えた午前11時から午後6時とし、夫妻で接客しながら売り切れ次第、終了する。
阪本さんは「バースデーケーキを作ったお客さまが結婚されて、子どもが生まれると連れてきてくださったり。結婚記念日にケーキで祝ってくださったり。『お店がなくなったら、どこで買ったらいいの』と言ってくださるのがありがたい。35年前、独立時のお祝いにいただいた人形をモデルにしながら、2人で働き続けたい」と思いを込める。
佐季子さんは「私は大勢のスタッフと一緒よりも、1~2人でやりたいタイプ。若い時と比べると体力的にはしんどいですが、経験を積んでいるので無駄な動きはしないし、これ以上するとしんどくなるというリミットも分かる。毎日楽しくお菓子を作りながら、手作りの良さが好きな方に喜んでいただけたらうれしい」と話す。