京都市上京区の会社員男性が代表を務めるブランド「lolo(ロロ)」が、乳がんなどの手術の傷痕を公衆浴場で人の目に触れないようにする「バスキャミ」と「バスストール」を完成させた。グレーやオレンジを用い、スタイリッシュな印象を放つ。背景には、手術を受けた妻の思いがある。
妻は、既成品を着た時に「病人のよう」と感じた。9人に1人が乳がんになるとされる時代。デザイン性に優れた入浴着を身につけた人が、心から銭湯を楽しみ、従来の日常を手術後も続ける-。loloの挑戦が、京都の風呂文化をアップデートしていく。
男性は田邉純さん(47)。妻(42)との共通の趣味で、銭湯によく通う。田邉さんは「地元の社交場という雰囲気や、サウナもいい」と笑顔を見せる。
妻に初期の乳がんが見つかったのは2023年。右の乳房を全摘出し、再建した。妻は「いつになったら銭湯に行けるのかな」と病院のベッドで考えた。病気をしたからといって、「元の生活ができなくなるのはいやだった」と思い起こす。
一方で、胸元に視線が集まるのは避けたかった。調べる中で入浴着の存在を知り、手に入れた。しかし、風呂場の鏡で着用した自分を見た時、「すごく悲しい気持ちになった。私は乳がんになったんだなとすごく自覚した。ベージュ色で、(着用していることが)目立ちにくい面はあるが、病人っぽいと感じた」という。田邉さんは「本来、風呂は楽しい気持ちになる場所。(既存の入浴着は)違うなと思った」と語る。どこかのメーカーが作るのを待つよりも、自ら作ろうと一念発起した。
メーカーを探す中で、補正下着などを扱うタムラ(下京区)と出合う。完成したのが、洗練されたグレーの色味が印象的なバスキャミだ。胸元を隠しながら、湯につかれる。
首回りのひもが、吸った水の重みで伸びると、胸を隠す部分の生地が下がり、胸元が露出しそうになるため、水を吸いにくいひもに変えるなど、試行錯誤した。術後、肩が上がりにくくなる人がいるのを踏まえ、ひもが付いた留め具は体の前で留める仕様を考え出した。生地は、きれいな状態で湯船につかり、脱衣所もぬらさないよう、ソープ類が付着しにくく、水切れがよいタイプを選んだ。ぬれても肌が透けにくいよう、生地は二重にした。ひもの留め具は、熱くならないプラスチック製。京都の多くの銭湯に併設されているサウナを楽しめるようにという工夫は、根っからの銭湯好きならではだ。
バスストールは、首からかけてボタンで留める仕様で、オレンジとグレーがある。タオルで知られる愛媛県今治市で、良質な綿を使って製造される。湯船につかる際は頭に巻く。風呂だけでなく、日常でも使えるという。
デザインを手がけたのは、高橋理子(ひろこ)さん。円と直線の組み合わせで知られ、スポーツ用品大手アディダスや自動車のBMWなどとコラボレーションする他、東京五輪のゴルフ競技に出場した米国代表のチームウエアをデザインするなど、国際的に活躍している。
夫妻は高橋さんのデザインが好きで、一面識もなかったが、公式サイトの問い合わせフォームから連絡。24年5月に東京で会い、思いを伝えた。同年7月、祇園祭の際に京都で再会すると、手元にはサンプルがあった。田邉さんは「断られると思っていた。妻は(うれしくて)ずっと泣いていた」と振り返る。
円と直線という限られたモチーフを使って、無限の意匠を生み出す高橋さんのスタイルは、田邉夫妻の思いと通底する。「乳がんという制約があっても、諦めないということに結びつく。私たちもそうありたい」と田邉夫妻は言う。
高橋さんは「夫妻のご経験と社会課題への強い意識に深く共感しました。女性として、また銭湯や宿泊施設のブランディングに関わる立場から、この課題に対し無関心でいることはできず、バスストールの開発に協力させていただきました。(妻のように)銭湯やサウナを愛する方々が、より快適に公共浴場を利用できる、その一助となれば幸いです」とコメントした。
バスキャミとバスストールは25年5月にloloのサイトで発売した。今後、広報活動を強めていく。
満足いく品ができたものの、妻は、銭湯でバスキャミを着て湯船につかることは、まだできていない。入浴着を知らない周囲から「マナー違反」と思われかねず、ためらいがあるという。入浴着を手がけるGSIクレオス(東京)の24年のアンケートで、20歳以上の女性の81・7%が入浴着を「知らない、見たことがない」と答えており、認知度は極めて低い。
田邉さんが各浴場に聞き取ると、たいていの浴場が着用を認めているが、ポスターなどによる告知はまだ少なく、周知が進んでいないという。一方、京都市のある銭湯は、入浴着の着用を認めている旨をSNSに投稿したり、ポスターを貼ったりしている。関係者は「がんは人ごとではない。何かしたいと考えた」と話す。
Xで銭湯に関する投稿が多い松井孝治市長が率いる京都市による発信も期待されるところだが、国の啓発文やポスターを市ホームページに載せている程度で、独自の施策は乏しい。
理解が広がれば、これまではためらっていた人も、入浴着で銭湯に行きたくなるに違いない。laugh out loud-。loloの名に込めた「声を出して笑う」人もきっと増えるはずだ。妻は「京都から入浴着を当たり前にしたい。大衆浴場文化のニュースタンダードを作れたら」と意気込み、田邉さんは「そうなれば、京都はもっとすてきな風呂の街になる」と言葉を継ぐ。
さらに先の社会の在り方も見据える。「いずれは入浴着が必要のない社会になるのがいい。手術痕がある人が隣にいても、当たり前に受け入れ合える世の中になればと思う」。購入はloloのサイトから。「lolo 入浴着」で検索すれば見つかる。詳細は、メール66.kyoto@gmail.comまで。