大手インターネット関連会社の営業職として3年前に中途採用で入社したAさん(30代男性)。B to Bの営業が中心で、顧客と自社内SEとの橋渡しが主な仕事でしたが、就職当時よりチームを組んでいたベテランSEと、なかなか反りが合わず、2年前の冬、寝られなくなったり食欲がなくなってしまい、とうとう出勤できなくなりました。その時、初めて心療内科を受診し、うつ病の診断で3カ月間の休職を経験しました。
その後復職して、時短勤務で2カ月間、残業なしのフルタイム勤務1カ月間を経て、通常勤務に戻ることができました。
「休職する前も復職した後も、いろいろな“やらかし”をしてしまい、何度も挫けそうになりましたが、今年の春からは主任という立場で働くことができるようになりました」とAさんは振り返ります。
小さな無理が重なって、うつ症状が出てしまうことはあります。その症状が長引くとうつ病や双極症に発展する可能性もあります。さらに症状が進んだ場合、日本の法律(障害者基本法、障害者雇用促進法など)では「長期にわたり日常生活や就労に制限がある精神の状態」を精神障がいと位置づけています。
厚生労働省が発表した「2024年(令和6年) 障害者雇用状況の集計結果」によると、障害者雇用で雇用されている精神障がい者は約15万人。しかし障がいをクローズにしている方も考慮すると、もっと多くの精神障がい者が企業で働いていると思われます。
休職前の“やらかし”と復職後の“やらかし”
Aさんは、精神的な不調をきたした原因として、「我慢すること」「弱みを見せないこと」が最大の美徳だと信じすぎていたことを挙げました。
「中途採用で“即戦力”を求められた私は、とにかく自分の力で精一杯頑張ることが必要だと考え、先輩や上司に仕事の悩みを相談することができませんでした。もともとアルコールが好きで、顧客との飲み会にも積極的に参加しましたが、聞きたくない話を聞かされ終電を逃すまで飲み、翌朝心身不調のままで出勤する…このような経験も日常茶飯事でした」
そして3カ月間の休職を経て復職した後も”やらかし”は続いたといいます。
「朝、寝起きのあまりのつらさから『今日は無理だ。病欠したい』と思う日が何度かありました。でも、午後には回復するかもしれないし、少しは働いて会社に貢献したいという気持ちもあったので、始業前に会社へ午後からの出勤を伝えるのですが…結局、午後になっても体調は回復せず、昼一番で再度会社に電話をし、病欠の連絡を入れることがあり、それがとても精神的に負担が大きかったです」
「また、突発的なアクシデントへの対応が非常に怖く感じられる時期もありました。休職前なら平気で対処できていたことも、復職後半年くらいまでは頭が真っ白になってしまい、どう対応していいか分からないということがよく起こりました」
さらに、同僚や上司が病状をどこまで理解しているのか、どこまで仕事を任せようとしているのかがわからず、不安に陥ることも多々あったそうです。
“やらかし”だけで終わらせない方法
こころの不調から生じてしまった“やらかし”。その失敗を改善するには、「周囲へ理解してもらうための関係性づくり」と「仕事術の工夫」そして「セルフケア」の3つが重要です。
復職をする際、どうしても「早く以前のように働きたい」「上司や同僚に迷惑をかけたくない」という強い思いから、自身の不調を低く見積もる傾向にあります。まずは、上司や人事・労務管理者の方としっかりとコミュニケーションをとり、何が不安でどのような状況がストレスと感じるのかを、正直に話しましょう。そのような関係性を作っておくと、再休職または不調による退職といった事態を避けることができるようになります。
復職当初は、なんとなく頭の回転も遅く、どうしても“仕事の勘”を取り戻せずにいることが多いと思います。マルチタスクを必要としたり、連絡調整のような役割はミスを起こしやすくなります。そこで「仕事術の工夫」としては、煩雑になりがちな仕事の優先順位や計画性を“見える化”するアプリの活用が有効です。スケジュール管理アプリやTODOリストアプリなどの利用をお勧めします。
体調を整えるために、運動やスポーツをするのと同じ感覚で、メンタルのための「セルフケア」も取り入れてみてください。特に生活リズム(特に起床・就寝時間)を整えることはとても大切です。それを見える化する方法として、ジャーナリングアプリ(日々の出来事、気分、睡眠、食事などを記録)の利用をお勧めします。また、マインドフルネス(瞑想)アプリを導入することで、日々起こる出来事に流されて乱れがちな感情を、自分自身で落ち着かせるスキルを高めることも可能です。それは、メンタル上の「仕事とプライベートの切り離し」にも役立つでしょう。
とても嬉しかった職場での配慮
Aさんは休職前、「自分一人で頑張ることが重要」という考え方から、「誰かに相談すること」に対して、大きな抵抗感があったようです。復職にあたって、上司や労務管理者と面談した際、その気持や考え方を正直に伝えたところ、上司から「1週間に一度、1on1で面接をしましょう」という申し出をされ、それを実施することにしました。
定期的な1on1ミーティングは精神的な負担を軽くしてくれるシステムです。「忙しい上司と、プライバシーが守られた空間で腰を据えて話せる機会は、本当に貴重だ」とAさんは話しています。
また、本来は、一つの顧客に対して一人の営業職で対応していたのですが、Aさんへの心理的負担を軽減するため、時短勤務をしていた2カ月間は、必ず先輩と二人で対応するようチームを組み直してもらい、突発的なアクシデントが起こったとしても、Aさん一人で対応することがないよう、配慮してくれたと言います。
さらにこれはとても小さなことですが、復職後、直属の上司が必ず「おはよう。今朝の調子はどうだい?」と声をかけてくれるようになったとのことでした。些細なことではありますが、当事者にとっては「見守ってくれる誰かがいてくれる」という安心感につながります。
お互いが歩み寄れる環境で
こころの不調を抱えながら働き続けることは、多くの苦労と困難を伴います。しかし、徐々にですが、それを理解し職場環境に反映しようとする動きは増えてきています。まだ改善の余地はありますが、諦めずに日々の就労を続けていきましょう。
また、当事者を取り巻く職場の方々には、こころの不調を抱える人だけでなく、「皆が働きやすい環境や良好な人間関係とは何か」という問いかけを常に意識していただきたいと思います。
【監修】勝水健吾(かつみず・けんご)社会福祉士、産業カウンセラー、理学療法士 身体障がい者(HIV感染症)、精神障がい者(双極症Ⅱ型)、セクシャルマイノリティ(ゲイ)の当事者。現在はオンラインカウンセリングサービスを提供する「勇者の部屋」代表。