2020年公開の映画『MOTHER マザー』で、新人ながら圧倒的な演技力を見せつけ、衝撃的なデビューを果たした奥平大兼。その後も作家性の強い作品から瑞々しい青春映画まで、多彩な役柄で着実にキャリアを重ねてきた。そんな彼が次なる挑戦の場として選んだのは、太平洋戦争末期を舞台にした映画『雪風 YUKIKAZE』(2025年8月15日公開)だ。撮影当時は20歳。戦争の記憶が遠い過去となりつつある現代を生きる彼にとって、この作品との出会いはどんな意味を持ったのだろうか。
観客と同じ視点に立つ覚悟。当時20歳の僕が“伝える”ということの意味
本作は、太平洋戦争で数々の激戦を最前線で戦ったにもかかわらず、ほぼ無傷で「幸運艦」「不沈艦」と言われながら終戦を迎えた駆逐艦「雪風」と、その乗組員たちを描いた物語だ。奥平は水雷員・井上壮太を演じた。
「いずれ戦争を題材にした映画に参加することがあるのかなとは、漠然と思っていました。でも、まさかこんなに早くお話をいただけるとは思っていなかったので、純粋に驚きましたね。題材が題材なだけに、演じる責任も伴いますし、生半可な気持ちではできない。そこに対するチャレンジ精神が湧きました」
出演を決めたのは、挑戦心だけではない。監督、プロデューサー、脚本家から感じた並々ならぬ熱意に心を強く揺り動かされたという。
「お三方のお話からものすごい熱量を感じて、『ぜひこのチームで、この作品に携わりたい』と心から思えたことが大きかったです」
駆逐艦に乗り込む兵士を演じるため、太平洋戦争が激化していく時代に自身をアジャストさせるため、入念な準備を重ねた。
「クランクイン前に広島の旧海軍兵学校に行かせていただき、様々な資料を見られたことが大きかったです。当時実際に使われていた実物や、戦っていた方々が身に着けていたものに直接触れて、そこで一気に現実味を感じました。そういったところから得たものが一番大きかったです」
しかし「どれだけ知識を詰め込んでも、戦争を体験していない自分が当時の人々の感覚を100%理解することはできない」と奥平は自問する。だからこそ、彼は井上という役柄に特別な意味を見出していた。
「今回、僕が演じた井上という役は、この映画を観てくださる皆さんと、すごく近い視点を持っているキャラクターだと感じたんです。僕個人としても、若い一人の人間として、こういう出来事があったという事実を、映画を通して観客の皆さんに伝えられることに、意味があると思っていました。この映画に携わる上で、それは自分の中で絶対に譲れない、大きな核でした。だからこそ井上として、自分の戦争に対する考えや、物語で起きることへの目線を、観客の皆さんの感覚と乖離させないように意識しました。もちろん、歴史的な知識はしっかりと頭に入れた上で、感覚的な部分は、自分の気持ちも大切にしながら、『井上としてその場にいたらどう思うか』を半分半分くらいのバランスで演じていたと思います」
風化させてはいけない――。映画の力を信じ、世代を超えて繋ぐ想い
物語の中で、井上は過酷な運命に翻弄される。あまりにも簡単に命が失われていく戦争。本作が突きつける命の重さは、観る者の胸に深く突き刺さる。戦後80年を迎えようとする今、この時代に本作を届ける意味を、奥平はどう捉えているのだろうか。彼の口から何度も発せられた「伝える」という言葉には、単なる役作りを超えた、一人の若者としての使命感が滲んでいた。
「まず第一に、二度とこういうことが日本で起きてほしくない、というのは誰もが思うことだと思います。その上で、この事実を僕たちがちゃんと知り、後の世代に繋いでいくことが、大事だと感じています。時間が経つにつれて記憶は薄れ、体験を直接語れる方もどんどん少なくなっている。そんな中で、映画という一種のエンターテインメントを通して、知らなかった人たちに伝えていく。そしてそれを受け取った人たちが、大人になった時、自分の子供ができた時に、戦争の全てではなくても、その一部でもいいから伝えていける。そういう連鎖が日本の中に増えればいいなと思います」。
現代と過去を繋ぐストーリーテラーの役割も担った井上。劇中で印象的に描かれる手紙のやり取りにも、現代を生きる彼だからこその発見があったという。
「手紙の感覚って、今の僕たちにはすごく分からないじゃないですか。メッセージを送れば既読がつく時代ですけど、当時は手紙を出しても、相手が読んだかどうかも、そもそも無事に届いているかも分からない。そのもどかしさや不安は、映像を通して見ると、当時の人々の感情がよりリアルに伝わってきて、胸が苦しくなりました。待つ側の苦しさも、自分ではどうしようもできない辛さがあったと思います。戦っているところだけが戦争の全てじゃない、ということも分かってほしいです」
竹野内豊や玉木宏といった名優たちとの共演は、彼に新たな刺激をもたらした。
「最近は若い世代がメインの作品が多かったので、大人の先輩方とご一緒する現場で感じる刺激は、すごく新鮮でした。まだ上手く言語化はできないですけど、先輩方には共通して絶対的な安心感があるんです。その胸を借りて、自由にお芝居ができる心強さがありました。同世代とやっている時とはまた違った楽しさがありました」。
本作の経験は、彼の俳優としての未来にも大きな影響を与えたようだ。
「実話を映画に落とし込んで伝えることの責任の重さと、同時にやりがいや面白さを改めて強く感じました。もちろん純粋なエンターテインメント作品も大好きですが、こういう形で史実を届けることも、自分にできるのであれば、今後も続けていきたい。そして、それをちゃんと届けられる役者でありたい、と強く思っています。『何の賞を獲りたい』というよりも、自分が『やりたい』と心から思える作品との出会いを一つひとつ大切にしていけたら、それが一番嬉しいです」