私たちのもとに来てくれて、あの子は幸せだったのだろうか。そして、あの子のいない「この先」をどう生きていけばいいのか――。子を亡くした親はそうした悲しみと絶望を抱え、孤立することがある。
そんな言葉にできない気持ちに寄り添うのが、子を亡くした親の声が集うウェブメディア「SORATOMO」。運営者の石堂雅子さんも、我が子を失った当事者だ。
「先天性横隔膜ヘルニア」の息子が生後2日で逝去
「SORATOMO」は、一般社団法人SORATOTOMONIによって運営されている。石堂さんは、団体の代表理事だ。
石堂さん夫妻は旦那さんが男性不妊であったことから、不妊治療を行っていた。2023年、待ちに待った妊娠が発覚。しかし、妊娠27週目の妊婦健診で胎児が「先天性横隔膜ヘルニア」であると判明し、大きな病院へ転院した。
先天性横隔膜ヘルニアとは生まれつき横隔膜に穴が開き、本来お腹の中にあるべき臓器の一部が胸の中に脱出する障害だ。発症率は2000~5000人に1人ほどと言われており、難病指定されている。
息子さんは重症よりの中等症。生存率は50%と言われ、緩和ケアの話も聞きながら妊娠期間を過ごした。
不安な気持ちのまま迎えた出産日、息子さんは産声を上げることが難しく、医師たちはすぐ蘇生処置。
その後、新生児集中治療室(NICU)で治療を受けたが、血液中の酸素量を示す「酸素飽和度」は上半身が60%代、下半身が40%代という状態。(※健常者は99~96%ほど)小さな体で懸命に生きようとしてくれたが、2日後、両親に見守られながら息を引き取った。
子を亡くした体験を「社会に還元」したい
息子さんの死後、石堂さんは「元の自分に戻る」を目標にし、知り合いが産んだ赤ちゃんに会ったり産後3カ月で職場復帰を果たしたりし、心と体を立て直そうとした。
「子どもを亡くすと、育休がない状態になります。産休は2カ月間でしたが、事情を知った会社の気遣いで産休後、1カ月間休職しました」
だが、心の傷は頑張って塞がるものではない。職場復帰から2カ月後、心が限界となり、再び休職した。
休職中、自分と向き合う中で強くなったのが、我が子を亡くすという経験を社会に還元したいという気持ち。なぜなら自分自身が我が子の死後、情報の得られにくさにもどかしさを感じたからだ。
「火葬の仕方や棺の選び方が分からなかったし、新生児死では出生届を提出してからすぐ死亡届を提出することも我が子を亡くして初めて知りました」
亡くなった我が子の手型や足型を取ったり、抱っこや沐浴ができたりする場合があることも病院側から教えてもらい、初めて知った。
こういう情報が世に広まってほしい。そう思っていた時、出会ったのがクラウドファンディングを活用して子を亡くした親向けのウェブメディアを作ろうとしていたテラモトさん。
目指す未来が同じだと感じた石堂さんはコンタクトを取り、プロジェクトに加わった。
どんな亡くし方にもその人にしか分からない苦しみがある
こうして完成した「SOROTOMO」には当事者の声と共に、子を失った親がすべきことも分かりやすく掲載されている。
編集部のメンバーは全員、我が子を亡くした親。だからこそ、聴ける声がたくさんある。
時には、記事の監修を専門家に依頼することも。信ぴょう性があるメディアの形を維持し続けている。
「化学流産や死産など、どんな亡くし方にも耳を傾けています。失い方は辛さの重さに比例しませんし、悲しみは比べるものではないから。当事者には、その人の苦しみがあります」
なお、意外と見過ごされやすい“パパの辛さ”も救いあげている。
「男性は悲しみを表現しにくい傾向があり、『奥さんを支えてあげてね』と言われることも多い。子を亡くしたパパには産休がなく、すぐに働かないといけないこともあります。そういうパパの辛さも社会に伝わってほしい」
子どもの死はセンシティブであるがゆえに、触れることがタブー視されやすい。身近な人が我が子を失った時には接し方に戸惑ってしまうし、良かれと思って口にした言葉が当事者を深く傷つけてしまうことも少なくないものだ。
また、心が楽になる声かけや接し方は当事者によって異なるため、周囲と当事者の間に見えない溝も生まれやすくなる。
だからこそ、石堂さんは我が子を亡くした後の当事者のリアルな状況や心境を世に伝え、双方の溝が深まらないようしたいと考えている。
職場で子どもの成長話を聞いたり、亡くした子と同い年くらいの子どもを見たりするのが辛い。「次の子ができるよ」という励ましに「あの子には代わりがいないのに…」と思ってしまうのが苦しい。そんな苦痛を飲みこみながら日常をなんとかこなしている人が、自分の身近にもいるかもしれないと想像することは、他者の心を守る第一歩になる。
「子を失った苦しみはその時だけではなく、一生続く。そのことが広く知られ、社会的な理解が深まっていったらありがたいです」
子どもの死後に社会から孤立してしまう親を支えたい
今後、石堂さんが力を入れていきたいのは、子を亡くした親の社会復帰支援だ。実は我が子を亡くした親の中には当事者同士で支え合う「ピアサポート」だけが他者との交流になり、社会との接点を失ってしまう方も少なくない。
「それは悪いことではありませんが、人生は長いので社会に戻れる支援も必要だと思っています。元の職場に戻れない方も多いのが現実です。何らかの形で、当事者のみなさんが改めて社会と繋がれるようなサポートをしたい」
ゆくゆくは社会全体に、子を亡くした親の現状や社会との繋がりの問題を伝えていきたい。そう意欲を燃やす石堂さんは似た悲しみを経験した人に対し、心に負担がない形で亡くなった子と共に生きてほしいと話す。
「ネガティブな感情を持つことは悪いことではない。そうした気持ちを受け止めながら、心と体を大切にしてほしい。当事者会に参加したりSORATOMOを見たりして、ひとりじゃないと思ってほしいです」
あの子はたしかに生きていた。「SORATOMO」に集う声に触れると、そう感じ、空を見上げたくもなる。
▽SORATOMO
https://www.soratotomoni.com/