岡山県瀬戸内市牛窓町牛窓の神社・五香宮(ごこうぐう)にすみついた野良猫と住民の共生を追った映画「五香宮の猫」が10月19日から全国で順次公開されている。地元在住の想田和弘監督(54)が台本なしで目の前の出来事にカメラを回す「観察映画」と呼ぶ独自の手法で撮影。地域の小さな火種を描きながら、世界平和への希望をも示唆し、国内外での先行上映では高い評価を受ける。想田監督は「五香宮の日常からイメージを膨らませ、多くを感じ取ってほしい」と話す。
―撮影のきっかけは。
牛窓に移住(2021年)して間もなく、五香宮で行われる地域猫の避妊・去勢手術を知り、関心を持った。撮影で張り付くと参拝だけでなくガーデニングや掃除、子どもの遊び場…と、神社が多くの人が集まる“生きた場”であることに気付き、人を引きつける力に面白みと興味を覚えた。猫は人の手を借りないと自然環境の中で生きていけない。撮影は猫に関連する人に近づくこととなった。
―五香宮は人が集うだけでなく野良猫がすみつく。
実は地域で猫の話題はタブーだった。世話する人、ふん尿被害に迷惑する人がいて対立を望まない雰囲気があった。かつて暮らしたニューヨークでは対立時は議論して白黒はっきりさせたが、牛窓では会合で意見を述べ合っても議論を発展させず結論を出さない。悪い意味ではなく、曖昧なまま衝突を回避するためで、対立を激化させない地域社会の知恵だった。世界で広がる争いを回避する方法があるのではと思わされた。
―2月のベルリン国際映画祭で上映され、観客から温かい拍手が送られた。
ドイツや英国の新聞は、対立を激化させず公共を大切にする姿勢や隣人に示す優しさとして捉えた。ウクライナ侵攻など世界が敵と味方に分かれていがみ合う現在、このような美徳が世界に必要だと新鮮に受け止められた。僕には「野良猫さまの多い町は良い町」という持論がある。良さとは優しさがあることだ。野良犬が姿を消したように日本では猫の居場所は狭まっているが、猫を許容できない町が果たして人にとって幸せか。僕は猫と共存する世界が良い。その方が人間も生きやすいはず。人間だってふんをするんだから。
―メッセージを。
映画は体験を伝える装置だと思う。僕が牛窓に移住して感じ、考え、体験したことが濃縮された作品であり、五香宮の日常から何を解釈し、何を受け取るのかは見る人の自由。それぞれのイメージを膨らませ、多くのことを感じ取ってもらいたい。
◆そうだ・かずひろ 1970年栃木県生まれ。2007年、川崎市議選の舞台裏を描いたドキュメンタリー「選挙」でデビュー。岡山市の精神科医を追った「精神0」、牛窓が舞台の「牡蠣(かき)工場」「港町」などを手がけた。