地域の住民が見守ってきた妊娠猫が、勝手にTNRされてしまった…「お腹の子猫を返して」 法的問題を弁護士が解説

猫・ペットの法律相談

石井 一旭 石井 一旭

地域で見守られていた野良猫が、住民の知らない間に突然TNR活動の対象となり、不妊手術を受けるという事態が起こりました。

「まいどなニュース」の記事よると、この猫は駐車場の一角に住み着き、6人の住民たちが代わる代わるお世話をしていたといいます。ある日、この猫が妊娠していると思われる状況で、住民たちが知らない間に動物愛護団体がTNRを実施しました。

住民たちにとって、この猫は元々「みんなの猫」として地域全体で共有されていた存在でしたが、妊娠を機に特に親しみを感じるようになり、自分たちの家庭に迎え入れる準備をしていた矢先の出来事だったそうです。

TNR活動は地域における野良猫の管理に重要な役割を果たしますが、その過程で、予期せぬトラブルが生じることもあります。今回のような問題は未然に防ぐことはできたのでしょうか。TNR活動に関連する法的な側面や、住民との間でのコミュニケーションの重要性について、ペットに関する法律問題を取り扱っているあさひ法律事務所・代表弁護士の石井一旭氏が解説します。

▽1 TNRとは

TNRとは、Trap(つかまえる)、Neuter(不妊手術する)、Return(元の場所に戻す)という一連の行動の頭文字を取った用語で、野良猫に不妊去勢手術を施して戻すことで、野良猫の無尽蔵の増殖を抑制する活動です。この活動によって周辺住環境の維持や、殺処分数の減少の効果があるものとして、各地で普及しています。

地域の環境維持・殺処分数の減少が目的ということで積極的な自治体も多く、猫用の捕獲器を貸し出したり、避妊去勢手術の補助金を支出しているところもあります。例えば私が執務する京都市でも「まちねこ活動支援事業」として、避妊去勢手術の無償実施や保護器の貸出の活動を行っています。動物愛護団体や野良猫被害に悩む町内会などが、こうした制度を利用してTNR活動を推進しているようです。

▽2 野良猫が勝手にTNRされてしまったら

TNRの対象となる猫は、飼主のいない野良猫です。

野良猫は、法的には無主物となります。誰のものでもないので、例えば野良猫に餌をやっている人がいたとしても、TNRをするためにその人の許可を得る必要はありません。

野良猫については、所有の意思をもって最初に占有することで、その所有権を取得することができます。これを無主物先占といいます(民法239条1項)。「所有の意思をもって」というのは、わかりやすく言えば「自分の飼い猫にするつもりで」ということです。例えば家の中に迎え入れる、餌を定期的に与えるなど、客観的に飼い主と認められるような行為をすることにより、野良猫の飼主(所有者)と法的に認められることになります。

記事を読む限りですが、今回の猫は、近所のみんなに可愛がられていたという事情はあるものの、普段は駐車場の一角の草むらで過ごしていて、特に誰かから飼養を受けていたような事情は伺われないため、飼い猫とは捉え難く、法的には野良猫であると考えざるを得ないでしょう。

そうすると、今回の猫がTNRされたとしても、法的に問題とすることは誰にもできません。

▽3 もしも、飼い猫がTNRされてしまったら

しかし、TNRの対象となる猫が野良猫かどうかというのは、一見して明らかではない場合もあります。

万一、飼い猫を野良猫だと誤解して避妊去勢してしまった場合、TNRをした団体は飼い猫を不必要に傷つけたこととなり、飼い主に対して損害賠償責任を負うことになります。この場合、繁殖できなくなったことによる猫の市場価値の減少分や、飼主の受けた苦痛の精神的慰謝料を支払うことになるでしょう。

飼い猫が野良猫と誤解されてTNRされてしまう事態を防ぐ対策としては、首輪をつける、マイクロチップを装着しておくなど、猫が飼い主の所有物であることがわかるように明示しておくことが考えられます。

▽4 トラブル回避のために

愛護団体も捕獲器にかかった猫を無差別に避妊去勢するようなことはしておらず、周辺住民への聞き込みや現場確認などの情報収集をして、対象の野良猫を特定したうえで慎重に進めていると思います。

しかしそれでもヒューマンエラーが生じることはどうしてもありますし、活動をしている側に綿密に調査する人的・金銭的・時間的余裕が足りない場合もあります。

今回のようなケースについては、TNRを実施する前に猫の生活実態をもう少し調査していれば、世話をしている人たちの存在がわかったかもしれません。そうすれば、事情を説明し、一応の了解を得たうえでTNRを実施するといった手順を踏むことで、トラブルも回避できたのではないかと思います。

TNR活動は、野良猫の住んでいる地域の生活環境の問題です。関係者は皆さん善意で動いていますので、誰が悪い、という単純な問題ではありません。

トラブルを回避するためには、その実施にあたって、地域住民、特に野良猫に関係する人がいればその人への説明をしっかりと行い、できればその人の理解を得たうえで推進していく必要があるでしょう。

   ◇   ◇

【今回解説した記事】

▽「お腹の子猫を返して!」ご近所6人でお世話していた野良猫が、TNRされてしまい…「みんなの猫」から「お家の猫」になったビーちゃんの物語
https://maidonanews.jp/article/14961804

◆石井 一旭(いしい・かずあき)京都市内に事務所を構えるあさひ法律事務所代表弁護士。近畿一円においてペットに関する法律相談を受け付けている。京都大学法学部卒業・京都大学法科大学院修了。「動物の法と政策研究会」「ペット法学会」会員。

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