親が亡くなった際に、遺された財産を今後の生活のあてにしている人は少なくないでしょう。2020年10月にMUFG資産形成研究所が公開した「退職前後世代が経験した資産承継に関する実態調査」によると、親から自身が相続した財産額の平均値は3,273万円でした。であれば相続した財産で自分たちの生活を立て直そうという人がいても不思議ではありません。
都内で個人事業主として働くAさんは、これまで大きな売り上げを占めていた企業との取引がなくなり頭を抱えていました。一気に業績が転落し、このままでは廃業する可能性もある状況です。Aさんの弟のBさんも、これからの生活に不安を抱いていました。Bさんは長く会社員として働いていたものの、リストラされてしまい仕事を失います。2人とも家族がいるため、このままではいけないと動いているのですが空回りするばかりです。
そんななか一人暮らしをしていた父親が突然倒れて、そのまま亡くなってしまいます。父親は地元でもいくつか土地を持っている資産家で、相続財産もかなりの額になる予定でした。父親を失った悲しみを感じつつも、AさんとBさんの2人は父親の財産によって当面の生活が安定すると思い、安堵の表情を浮かべます。
しかし弁護士によって開示された遺言書には、預貯金をAさんとBさんに相続し、土地はすべて養護施設に寄付をすると書かれていたのです。金額に換算すると土地の方が価値が高かったため、AさんとBさんは「そんなのは納得できない!」と弁護士に詰め寄ります。とはいえ父親の預貯金は手に入るのだからと少し冷静になり、その場は解散となりました。
後日Aさんのもとに税務署から連絡がはいります。それは今回の土地の相続に関してのアンケートでした。経緯を説明すると、後日税金を納めなければならないかもしれないと指摘を受けます。土地は養護施設に寄付されたのになぜ税金を払わないといけないのでしょうか。北摂パートナーズ行政書士事務所の松尾武将さんに聞きました。
ーそもそもAさんたちは、土地を遺贈するという遺言書に従わないといけないのでしょうか
遺言書に従い養護施設側が土地を受け取る意思を示していれば、従わなければなりません。ただしAさんとBさんが遺留分に相当する財産を受け取ることができなかった場合であれば、侵害額に相当する金銭の支払を請求できます。今回は預貯金を相続しているので、この額が遺留分を上回っているかがポイントになるでしょう。
ー土地の相続に関して、なぜAさんやBさんが税金を払う必要があるのでしょうか
ここで支払いを指摘されている税金はみなし譲渡課税ですね。みなし譲渡課税とは、課税の公正性を図る観点から、個人から法人へ無償または著しく低い対価で資産を譲渡した場合に、時価で譲渡したものとみなして所得税上課税される制度です(TAXパートナーズ税理士法人「みなし贈与・みなし譲渡」16頁<新日本法規出版、2024年より一部抜粋)。
以下は税理士による見解です。
「今回のように不動産を法人に特定遺贈する場合、個人から法人への無償での譲渡として、みなし譲渡所得税が相続人に対して課税される場合があります。
というのも遺贈された不動産に含み益が生じていた場合、その分の譲渡所得税が課税されますが、この場合の納税義務者は故人である父親です。そして故人である父親の負債は相続人に引き継がれた結果、相続人がみなし譲渡所得税を負担することになります。
また所得税上の制度となるため、納税期限は準確定申告と同じく父親の死亡時から4カ月以内となり、時間にも余裕はありません。
すべての財産を遺贈する包括遺贈であれば、受け取る側の法人はみなし相続人として負債も引継ぎますので、必ずしもAさんやBさんにだけ納税義務が生じるわけではないです。しかし今回のように特定の財産を遺贈する特定遺贈の場合では、AさんとBさんにのみ納税義務が生じることとなります」
現行法に対して不満の意見もあるようですが、現行の税制では上記の税理士による説明の通りです。遺贈の方法を熟慮のうえ不都合が生じないよう遺言上で手当てするなどの工夫が必要だと考えます。
◆松尾武将(まつお・たけまさ)/行政書士 前職の信託銀行員時代に1,000件以上の遺言・相続手続きを担当し、3,000件以上の相談に携わる。2022年に北摂パートナーズ事務所を開所し、相続手続き、遺言支援、ペットの相続問題に携わるとともに、同じ道を目指す行政書士の指導にも尽力している。