「Jホラーへの復讐です!」
鼻息を荒くして語るのは、日本が誇るフェイクドキュメンタリーシリーズ『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』や映画『貞子vs伽椰子』で知られる異才監督・白石晃士(51)。人気漫画家・押切蓮介のオカルトコミックを原作にした映画『サユリ』が8月23日から劇場公開される。
Jホラーへの反発心を映画に
念願のマイホームを手に入れた神木家に襲い掛かるのは、謎の少女サユリの怨念。長女・径子(森田想)が憑りつかれたのをきっかけに、一人また一人と家族が死んでいく。残されたのは思春期真っただ中の中学3年生の長男・則雄(南出凌嘉)とボケばあさんの春枝(根岸季衣)。果たしてこの2人も成すすべなく死を迎えるのか?
そう思った矢先、物語はとんでもない方向に転がっていく。家族が怯え、無残に死んでいく不条理な恐ろしさに襲われる前半とは打って変わり、中盤からは驚愕、爆笑、痛快。そして暴力と涙を通過して爽快なラストへと雪崩れ込む。
「私自身、没個性的なキャラクターがひたすら怯えて霊にやられて終わるというJホラーお決まりのセオリーに疑問を感じていたので、原作漫画を読んだ時はポカリスエットを飲んだ時のような体に染みわたる感覚を得ました。押切先生が漫画『サユリ』を生み出した背景には、既存のJホラーに対する反発心があります。その反発を私が同じように映画でやるのが今回の一つの目標。映画を使ってJホラーに復讐してやろう!という意気込みがあります」
原作者も絶賛の“爽怪作”
ストーリーラインは押切による原作に忠実だが、コマの余白を補完するかのように至る所に白石節が炸裂。原作にはない太極拳、青春、悲劇的真実を差し込むことでストーリーは拡張され一層の深みと面白味が増した。『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!FILE-01 口裂け女捕獲作戦』で白石監督に脱帽したという原作者・押切が「まさに理想通りの映画を見せてもらった」と映画版『サユリ』を支持するのも頷ける“爽怪作”に仕上がった。
「脚色する際に大切にしたのは、霊的な存在に対して人間が生命力で対抗していくという点。これは原作の核になる部分であり、私自身が原作を読んで面白いと思ったところでもあります。その面白いと思った感触は、映画でもそのまま味わえるようにしたかった。かつて私が監督した『貞子vs伽椰子』と同じように、押切先生が描いた物語も前半と後半の雰囲気がガラッと変わります。そこも絶対に外せないポイントでした」
白石監督は原作に対して最大限のリスペクトを表すが、白石監督独自の持ち味が注入されなければ生まれなかった名シーンや名展開もある。漫画界と映画界の異才同士のぶつかり合いから生まれたケミストリーは、まさに『貞子vs伽椰子』の名セリフ「バケモンにはバケモンをぶつけんだよっ!」が正しいことを証明している。
ゾッと笑える2連続ゲロ
怨霊とのバトルという物語は非現実的であり荒唐無稽。だがそこに生きる人間の細かな反応をリアルに描写することで現実味は濃厚になり、奇妙なのにどこか滑稽という不思議な捻じれ現象が生じる。特に長女・径子による2連続嘔吐場面は、恐怖と笑いは紙一重であることを再認識させられる象徴的シーンだ。気味悪い一方でどこか可笑しい『エクソシスト』の呪われた少女リーガンの緑ゲロ場面に匹敵する注目場面といえる。
白石監督は「幽霊に憑依されたら体調も悪くなるだろうし、人間の当然の反応として嘔吐するはず。しかも人間誰しも嘔吐する時は一度では終わらないのが普通です。絶妙な間を置いてゲロが連続することで観客に憑依を強烈に印象付ける狙いもあるし、見てビックリするという単純な驚きにも繋がると思った次第です」とクールに分析するが、お笑いでいうところの同じボケを2度繰り返すテンドン効果が径子の2連続嘔吐にはある。
人間が死に至るエグい過程に手を抜かないのも、白石監督こだわりの演出術だろう。拷問場面では恐怖と激痛のあまり失禁するという、技術的にも手間のかかるショットをあえて挿入している。「ホラー映画を作る上での私の信条は、人間の死や暴力をマイルドにしないことです。エンタメの中の出来事だからとおざなりにはせず、登場人物一人一人の死の重みはしっかりと描きたいし、暴力もリアルに痛みの伝わる形で描きたい。ホラー映画を通して、人が死ぬと悲しいし暴力とは痛いものだと伝えたいのです」。学生時代は生徒会に入っていたという白石監督の真面目さを伺わせる一方で「私は今村昌平監督の『復讐するは我にあり』が大好き。無意識レベルで影響を受けているのかもしれません」とリアリズムの名匠の名を口にする。
放送禁止用語で悪霊退散
生命力の強さで怨霊に対抗するべく則雄が発するパワーワードは、原作にはない映画オリジナルのセリフ。しかもキワドい放送禁止用語だ。賛否あるワードかもしれないが、中3男子が思いつきそうな点において説得力はあるし、そもそも白石監督の実体験から生まれた言葉でもあるのだ。
「放送禁止用語ですから議論になりましたが、生命力の一つである性欲を無視したら映画として欠落がある気がしました。生命力の中には当然性欲が含まれているだろうし、バカバカしいワードであればあるほど逞しい生命力を感じられるはず。そもそも則雄が発するあの言葉は、小学校時代に同級生の女子からからかいの言葉として実際に私が言われた言葉です。それが強烈に頭に残っていて、高校時代に金縛りにあって困っている友人に対して金縛りに対抗する言葉として教えたことがあります。金縛りというシリアスな怪現象にバカバカしい言葉をぶつけたら異様なものなど退散するだろうと。則雄がサユリに向かって発する言葉は下品でバカらしい言葉かもしれませんが、効果的な言葉だと思っています」
怖くて笑えて考えさせられてグッとくる。白石監督が「Jホラーへの復讐」として生み出した『サユリ』にはエンターテインメントの神髄があった。いい意味での裏切りを持つ逸品としてSNS上で話題を呼びそうだ。
「これは私の映画に共通して言えることですが、一人でも多くの方々に楽しんでいただけるように作っています。今回はR15なので、その範囲内でヘヴィな表現を入れつつも、エンタメ性も存分に意識しました。既存のJホラーとは違う『サユリ』が日本で大ヒットしたら夢があるなあと、私自身期待しています」と封切りを楽しみにしている。