「まさかわいせつなことをされているとは思いませんでした」。母親が取材にこう切り出した。被害に遭ったのは当時7歳の娘だった。
体を動かすことが好きだった娘は、滋賀県草津市内の運動教室に通っていた。「熱心だ」という評判の指導者のもと、頑張って練習に励んでいると思っていた。
異変に気付いたのは2年前の2月。同じ教室に通う夫が、指導者の男に教室の外へ連れ出される娘の姿を見た。夜、夫が尋ねると、娘は「怒らへん?」と心配そうに返した。そして、男と2人きりになった時にキスされた、と打ち明けた。
男は「よう頑張っている。有望や」と言って娘に加害行為を繰り返していた。娘は「誰にも言わないように」と口止めもされていた。父親に被害を話した後、「約束を守らなあかんと思っていた」と涙を流した。
教室では他にも男の性暴力を受けていた女児がいた。この女児が優秀な成績を収めていたことが男の犯行を容易にした。母親が苦々しげに振り返る。「娘は真面目な子なので、強くなるために(男の指示通りに)嫌でもやらなあかんと思っていました」
大津地裁は男に懲役1年の実刑判決を言い渡した。「指導者の立場を利用し、年少である被害者らの性的知識の不十分さや判断力の未熟さに乗じた卑劣な犯行」。母親は執行猶予が付くと思っていたが、裁判官は厳しく処断した。
最近、出所した男から賠償金が支払われた。だが、これで決着とは思っていない。「娘が年齢を重ねるごとに男から受けた行為の意味を理解し、恐怖心を抱くのではないか」。今のところ娘に変わった様子はないが、刑事ドラマを怖がり、家に鍵をかけたかを気にするようになった。
母親は練習場を通りかかるたびに事件を思い出してしまう。娘も、思い出すのだろうか。面と向かって聞くことはできないが、一生残る傷を負わされたと感じている。だからこそ、同じような被害に遭う人がいなくなることを願う。「苦しんでいても、声の上げ方を知らない人がいるかもしれない。相談する場所があると知ってほしい」
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わいせつ目的で子どもを手なずけ、支配する行為は、より深刻な被害への入り口になると懸念されている。性暴力被害者の支援に携わるNPO法人「ぱっぷす」(東京)によると、公園などで声をかけ、徐々に仲良くなって家に呼ぶ▽親しい立場を悪用して肩をもむといった接触から始めて、行為をエスカレートさせる▽SNS(交流サイト)で悩みを聞くなどして親しくなり、面会やわいせつ画像の送信を要求する—が典型例。秘密にすると約束させて、周囲に頼れなくすることも特徴だという。
昨年の刑法改正で、わいせつ目的で面会や画像送信を求める行為を処罰する「面会要求罪」が新設された。ぱっぷすの金尻カズナ理事長は、「スポーツ界は身体接触があり、さらに師弟のような関係性の中で加害が正当化されることがある。指導ではなく性暴力なのだ、声を上げていいんだ、ということを知ってもらいたい」と話す。
金尻理事長は、適切な取り締まりが加害行為への抑止効果を生むことに期待する。「どれだけ社会的地位があっても罰せられるということを知らせないといけない」
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刑法の性犯罪規定が改正され、男性アイドルへの性加害問題で大手芸能事務所が社名変更に追い込まれた。自衛隊では女性隊員が訴えた性被害に有罪判決が出た。性暴力撲滅に向けた大きな潮流を止めないために、被害者の声に耳を傾け、今も残る課題を探りたい。