「中学生の娘が、夏休みの自由研究として湧き水を調べました。以前から『伏見の水は軟水』と聞いており、当然調べた結果は軟水と出るだろうと思っていました。しかし、違った結果が出たのです」
京都新聞の双方向型報道「読者に応える」にこのような投稿が寄せられた。京都・伏見は水が良く、兵庫・灘の辛口の「男酒」と対照的に、なめらかな舌触りの「女酒」となる—。京都市民はこう信じている。実際はどうなのか、酒造会社や大学教授に取材し真相を探った。
夏休みの自由研究で調査
自由研究で調べたのは投稿者の長女で京都聖母学院中1年の名塩琉花さん(13)=京都市上京区。名塩さんは、ミネラルウオーターをよく飲むことから、夏休みの自由研究で京都の名水の硬度を調べることにした。
名塩さんは8月中旬、上京区と伏見区の名水2カ所ずつを市販の検査キットで調査した。すると、伏見区にある藤森神社の「不二の水」、御香宮神社の「御香水」はいずれも上京区の名水より硬度が高いことを示した。誤りがあると思った名塩さんは数日後に再度水をくみに行き調べたが、結果は変わらなかったという。
硬度が高い?
伏見区の名水は硬度が高いのか。名塩さんが購入した自由研究のキットを入手し、同様に2神社の水の硬度を計測してみた。確かに硬度が比較的高いことを示す紫に近い色となった。
それぞれの神社は硬度が高い理由を知っているのだろうか。まず「不二の水」がある藤森神社を訪ねた。不二の水はかつて境内に井戸があったことに由来するといい、現在はポンプで組み上げている。辻賢一権禰宜(ごんねぎ)(54)は「不二の水は神社のお祭りの際には神前にお供えします。おいしい水と評判でパン作りに使われているパン店もあります」と紹介する。
では水の成分は—。「詳しく調べたことがなく、硬度が高い理由は分からない」と辻権禰宜は語った。
一方の御香水はどうなのか。御香水は平安時代の貞観4(862)年に境内に湧いたとされる。徳川御三家の祖、徳川義直、頼宣、頼房の3人は御香水を産湯に用いたという伝承が残る。しかし江戸時代半ばにはいったん枯れたとされる。御香水は1982年に復元され、85年には環境省の「名水百選」に選定された。現在は地下約150メートルからポンプで汲み上げている。
三木(そうぎ)善嗣権禰宜(24)は「御香水は口溶けのよいまろやかな甘みを感じる味。定期的に水質検査をしている。数値は毎回変動するものの、お酒造りに適した中硬水です」と説明した。
中硬水ということはやはり、何か伏見の水ならではの理由があるのだろうか。三木権禰宜(ねぎ)は「水脈のことはよく分かりません」と話した。
水のことなら…
伏見で水のことなら酒造会社に聞くしかない。月桂冠大倉記念館(伏見区)を訪ねた。月桂冠の広報によると、一般的に水の硬度は水1リットルに溶けているカルシウムとマグネシウムの量を、炭酸カルシウムの重量に換算した数値で表すという。
水1リットルあたり0~60ミリグラムを「軟水」、61~120ミリグラムを「中硬水」、121~180ミリグラムを「硬水」と呼ぶ。伏見の水は1リットルあたり60~80ミリグラムで元来、中硬水だそうだ。つまり「伏見の水が軟らか」なのは確かだが、「軟水」ではない、ということのようだ。
なお「男酒」とされる兵庫県灘地域の場合、地層に貝殻の層がありカルシウムの溶出量が多く、比較的硬度が高い。硬度が高いと発酵が進みやすい傾向にあり、灘の酒は比較的発酵期間が短く、やや酸の多い辛口タイプになったという。
一方伏見の酒は、灘と比べて硬度が低いため比較的長い期間の発酵を要し、酸が少なめのはんなりとした「女酒」とされるそうだ。
現代は甘い酒も辛い酒も
なお現代は醸造技術が進化し、硬度に関係なく甘い酒も辛い酒も造ることができるという。
伏見の水が中硬水であることや、「女酒」と呼ばれた経緯は分かった。では、その硬度成分はどこからやってくるのだろうか。京都の名水に詳しい京都産業大学の鈴木康久教授(水文化)に聞いた。
鈴木教授は「伏見区の名水は桃山から水が来ていることがこれまでの研究で分かっている。桃山の土質に含まれるマグネシウム成分が水に溶け出した結果が硬度の高さとなっている」と解説した。
疑問を寄せた名塩さんは「調べたことが間違っていなくてよかった」と安心した様子。その上で「今回は4カ所の名水だけだったが、もし機会があればさらに多くの水を調べたい。京都のどのあたりから硬度が高い水になるのか知りたい」と意欲を見せた。