コロナ禍の制限が明けた2023年。台湾ブームが再加熱し、渡航する人も増えています。
日本国内でも、全国で「台湾フェス」も再開されるようになり、東海エリア屈指のイベントとして名古屋市では11月に『台湾・台中夜市2023』(以下、『台中夜市2023』)が3日間にわたって開催され、延べ8万人が訪れました。
この『台中夜市2023』で小さな物語がありました。
主人公は、台湾人の30代男性、蔡さん。日本人の友人らとこのイベントに訪れましたが、そこで思い入れの深いモノに出合ったのです。
イベント会場の物販店にあった「台湾の学生鞄」
『台中夜市2023』では飲食ブース、物販ブースに出店がありました。
ある物販店をのぞいていた蔡さん。台湾ファンの日本人店主を開いた店で、台湾関連書と合わせて現地の古雑貨やレアグッズを販売しており、台湾の業務用品や学校指定用品などの一般では入手しにくいものが陳列されていました。
店頭のかごには、台湾で実在する学校指定の学生鞄が販売されていました。「書包」と呼ばれるものです。日本でも「一般用」のものを購入することができますが、この店が扱っていたのは学校名がプリントされた「学校指定」。蔡さんの故郷である台湾・高雄エリアの中学校の学生鞄が多くありました。
蔡さんは「もしかしたら」とかごの中を物色したところ、予感は的中。目当ての学生鞄を見つけるや「あった!」と叫んだそうです。
蔡さんの大切な記憶の中にある高雄の中学時代
その学生鞄は、蔡さんの母校である「新興國中」という高雄の中学校のもの。実は蔡さんはカナダ移住のため、その中学校を卒業できなかったのです。
現在ではこの中学校は高校と合併され、名前も変更されました。高雄で暮らしていた実家の家族も台北に移住。蔡さんにとって、その中学校は「高雄で育った頃の大切な記憶の一つ」だったのです。
遠い記憶の中学時代の学生鞄に再会した蔡さんは迷いました。値段は数千円。台湾での購入価格に比べれば高値ですが、おそらく現地で同じ学生鞄を探しても簡単には手に入らないでしょう。
「台湾人とはできるだけ対等な関係でいたい」
蔡さんは、一緒に来た日本人の友人が帰った後も、会場を何周もしてその店を訪れ、買うべきか迷いました。店主とも話をするようになり、その学生鞄が母校であることも店主に伝えました。「あの台湾人以外の人に買われてはまずい」と店主はその学生鞄だけかごから取り出し、別の場所に保管したそうです。
何度目かに店にやってきた蔡さんは欲しかった学生鞄がなくなっているのを見て肩を落としました。店主は「大丈夫。他の人に買われたらまずいから後ろに下げていますよ。買う気持ちになったら、声をかけてください」と伝えました。
実は店主はこのとき「いっそタダであげても良い」と思っていました。一方、学生鞄には仕入れ値や経費がかかっていること、また別の学生鞄は他のお客さんの多くが定価で買ってくれていることから、考えあぐねていました。
生真面目な様子の蔡さんに「タダであげる」ことは「くれてやる」ことになり、上の立場のような感じになることだけは避けたいと考えました。年齢や立場は違っても、台湾人とはできるだけ対等の関係でいたいと考えていたからです。
蔡さんは中学の学生鞄を背負い、毎日イベントに訪れた
蔡さんは1時間以上も会場をぐるぐる回り、何度も何度もその店に訪れました。いよいよイベントの終了時間が近づいてきたところで、学生鞄を購入することに決め、店主に申し出ました。店主はにっこり笑い、その学生鞄を袋に入れ蔡さんに渡しました。
蔡さんは定価の代金を差し出しましたが、店主は代金の3割ほどを戻しました。キョトンとする蔡さんは値段を聞き直しました。店主は「サービスだからこれだけで良いですよ」と答えました。
蔡さんは「僕は買うことに決めたのだから、定価で良いんです」とお金を受け取ろうとはしません。誠実な振る舞いに店主は心が熱くなりましたが、なんとか納得してもらうためにその肩を抱きこう言いました。
「僕はこれまで台湾人に、旅先で何度も何度も助けてもらってきました。台湾人に対する、ほんの小さなお礼です。どうかこの差額は受け取ってください」
蔡さんはその言葉に目を熱くして、差額を受け取りました。
古い友達のような関係に
蔡さんは、『台中夜市2023』の開催中、購入した学生鞄を背負って、店を訪れ店主と会話し、気づけば古くから知る友達のような関係になりました。
イベントコンセプトに「日台友好」を掲げる『台中夜市2023』で生まれた小さな物語。全国各地で再び多く開催されるようになった「台湾フェス」が、こんなふうに日台の友情を深める場になってくれると良いなと思います。