参詣のためだったのに…老朽化でもうすぐ廃止するケーブルカー 乗り納めで改めて感じた魅力とは

小嶋 あきら 小嶋 あきら

 大阪府の北部、標高660メートルの山上の日蓮宗霊場、能勢妙見山。「妙見」の名称が「妙なる見(見た目、外見)」、つまり美しさということで、古くから歌舞音曲、芸能に携わる人たちもよく参詣に訪れたといわれます。2023年12月、この妙見山に続くケーブルカーとリフトが廃止になります。

妙見山に行くためのケーブルカー

 妙見山は山の上にあるということで、参詣はつまり山登りです。それで1925年にケーブルカーが開通しました。東側の能勢街道から、途中の乗り継ぎを挟んで上部、下部2本のケーブルカーで、急斜面を一気に駆け上がるのです。また日本のケーブルカーとしては珍しく、標準軌(1435mm)が採用されました。

 

 このケーブルカーは戦時中の1944年、不要不急路線として廃止されます。これは京都の愛宕山鉄道(ケーブル)が廃止されたのと同じ頃です。そういう時代だったのですね。ちなみに愛宕山はその後ケーブルが再建されることもなく、車道も通っていないので現在は参詣には「登山」しかありません。

 

 1960年、妙見山のケーブルのうち下部は妙見ケーブルとして復活されます。同時に上部の部分もリフトとして開業、妙見山への参詣ルートが再開されました。なお、元々のケーブルの上部部分の機材は、1956年開通の静岡県の十国峠ケーブルカーに転用されたそうです。2023年現在、日本で運行されているケーブルカーで線路の幅が標準軌(1435mm)なのは十国峠と妙見山だけなのは、つまりこういう事情があったからなのですね。

2023年12月3日に廃止

 この妙見山のケーブルカー、2013年には現在の「妙見の森ケーブル」に改称して、妙見山への参詣、また中間の広場でのバーベキューなど、行楽の足として親しまれていました。

 しかし、妙見山には東側から車道が通じていて、広い駐車場があり、マイカーやタクシーで参詣できます。バスは運行していますが、信徒向けです。

戦前に比べてケーブルの利用客は伸び悩んだといいますが、これらの理由が大きいのではないでしょうか。加えて施設や機材の老朽化、更新には多額の費用がかかることなどを理由に、2023年12月3日をもって全線廃止になることが決定しました。同時にリフトやバーベキュー施設なども廃止、閉鎖される模様です。

ケーブルに乗りに行く

 晴れ間の広がる秋の一日、名残を惜しんで妙見の森ケーブルの乗り納めに行ってきました。

 麓側の駅、黒川駅へ公共交通機関で行く場合、能勢電鉄の終点・妙見口(この路線も元々は妙見山に参詣するために敷かれました)から徒歩で約20分。バスも運行されています。

 黒川駅に着くと、ちょうど1号車「ほほえみ」が出発したところでした。切符を買ってしばらく待って、2号車「ときめき」に乗り込みます。先頭部分に陣取ると、行く手に424‰(パーミル)の急勾配が立ちはだかります。程なくベルが鳴って発車、まるでジェットコースターの最初の部分みたいな線路の上をするすると上り始めます。目の前に見える黒いケーブルだけが頼りです。中間点で「ほほえみ」と行き違って、あっという間にケーブル山上駅に到着です。

 山上駅は真新しくて売店もあり、有料ですが足湯もあります。

 

 さて、そこからリフトやバーベキュー施設のあるふれあい広場まではおよそ5分の上り坂が控えています。足腰の弱さには絶対の自信がある筆者は、備え付けの杖「いろは坂お助け棒」(普通に竹の棒です)にすがって頑張って登ります。目の前に若いお母さんの5人連れが、それぞれベビーカーを押して登っておられます。母は強いです。

 

 ふれあい広場には、バーベキュー場や水くみ場、2021年まで運行していた周回型のミニ鉄道「シグナス森林鉄道」の駅なども残されています。

 ここからはかつてのケーブルカー上部線跡をたどるリフトに乗って、妙見山まで12分間の旅です。

帰り道、昔の参詣に思いをはせる

 帰り道、昔の人はいったいどうやって参詣していたのか知りたくなって、滝道ルートと呼ばれる道を歩いて降りてみることにしました。ハイキングコース、それも初級者向けと紹介されていたし、そこそこ歩いてる人も居るだろう。それに足腰の弱い筆者でも下りだったら、という安易な気持ちがあったことを白状いたします。

 最初の急な石段を下って、アスファルトの坂を下ると鳥居がありました。ここまで誰も歩いていません。少し不安になりつつ先へ進むと、いきなり段差の大きなコンクリートの階段です。かなりきついです。人の気配もありません。始点から300mの標識、この先1.5km。引き返すか、いや、この坂を登り返すのは御免被りたいぞ。なんて心に葛藤とわだかまりを抱えながらもよちよちと下っていきます。

 道は急坂ガレガレの砂利道、荒い階段などが次々と現れつつ、ひたすら急な下りです。こんな獣しか歩かない地獄のような道を楽しくハイキングするイメージが全く湧きません。ふと背後に足音を感じて振り向くと、山を走る格好をした健脚そうな人がにこやかに追い越していきました。ゴロゴロした石に足を取られて足首ぐねんぐねんしながら下る筆者とは対照的な、軽快な足取りです。結局この道で出会ったのは彼一人でした。

 道の後半、なんでこんな人けのない山の中にこれほど立派なお社が、とすこし怖くなってしまうような白瀧稲荷神社の前を通ると、そこからはようやく人が歩く道の感じになりました。

 懐かしい黒川駅前に着くと、無事に人の世界に戻った喜びとともに、昔の人はあれを登っていったのかと畏怖の念がふつふつと湧いてきました。同時に、こんな険しい山を毎日人を乗せて上り下りしているケーブルカーに心から「お疲れさま」と。

 12月3日のケーブル廃止で、西側からの妙見山アプローチは登山しかなくなってしまいます。山に登らない一般の皆さん、その前に一度妙見の森ケーブルで訪れてみてはいかがでしょうか。

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