3本の矢が中心に向かって配列されたロゴマークで有名な「三ツ矢サイダー」は、もともと天然に湧き出る炭酸水で、そのルーツは兵庫県川西市。源氏にまつわる伝説とともに語り継がれるストーリーを紐解いてみた。
三ツ矢サイダー発祥の地は現在の兵庫県川西市
現在の兵庫県川西市は、かつて川辺郡多田村平野と呼ばれ、この地に湧き出る天然の炭酸水が三ツ矢サイダーのルーツと伝えられている。
1881年、造幣寮(のちの造幣局)の技師として明治政府が招聘したウィリアム・ガウランドは、この鉱泉を「理想的な鉱泉だ」と称賛した。大阪司薬場(のち衛生試験所)も「無色透明にして一種特異の臭気があり、その味わいは甘酸で、多少の刺激と渋気がある」との評価を下している。
1884年、明治政府から許可を得た数人が、この炭酸水を商品化して「平野水」として売り出した。三ツ矢サイダーを製造・販売するアサヒ飲料株式会社では、この年を三ツ矢ブランドの始まりと位置付けているそうだ。
1897年には、品質の良さが認められて東宮(後の大正天皇)の御料品に採用されたため、御料品専用の製造所を建てて、衛生管理にはことのほか気を遣って製造されたという。
源氏伝説に関係の深いメンバーが「三ツ矢」のロゴを決める
「三ツ矢」のロゴが商標登録されたのは、1899年のこと。これにより「三ツ矢印平野水」として市場に登場した。
当時、生産を担っていたのは、川久保久之という人物だった。川久保平野礦泉所を営んで、源泉地一帯を含む多田鉱山に「採酌場(さいしゃくじょう)」を設けていた。
川久保は地元の多田神社に、多田村村長の小野義太郎、三ツ矢家当主の三ツ矢旗兵衛を集め、多田神社宮司の福本等之輔を合わせた4人で会議を開いた。今に伝わる三ツ矢のロゴが考案されたのは、このときである。
ところで、商品のロゴを決める会議のメンバーが、何故この4人なのか。そこには、この地に伝わる源氏伝説が深く関係しているという。
ときは平安時代、清和天皇の曾孫で頼朝・義経の7代前にあたる源満仲は、968年に摂津の国司に任ぜられ、居住地をどこに定めるかを思い悩んでいた。考えあぐねた満仲は、住吉大社で27日間こもって祈願する参籠(さんろう)を行う。満願の日、夢枕に表れた住吉大明神から与えられた白羽の鏑矢(かぶらや)を空に向かって放つと、多田荘の沼に棲む「九頭の龍」に当たった。満仲はこれを奇縁とし多田沼を開拓して、自らも城を築いて住んだという。
満仲は、鏑矢を探す際に功労のあった孫八郎という人物に「三ツ矢」の姓と矢羽根を縦に3本並べた紋所を与えた。
また、源泉にまつわる伝承もある。
満仲が鷹狩りをしたときのこと。満仲が放った矢が鷹をかすめて、ある岩に当たったところ、岩の一角から清らかな泉が湧きだした。鷹も傷を負ったため舞い降り、傷口を泉に浸した。すると、たちまち回復して天高く飛び去った。その泉から湧き出た水を満仲が口にしてみると、舌を刺激する不思議な味覚を覚えた。住吉大明神が与えた霊泉であると直感した満仲が、夫人の眼病に用いると、すっかり回復したという。ほかにも様々な疾病に効能があることが分かったため、湧水を沸かして湯治場とし領民に開放した。湯治場は「平野温泉」と呼ばれ、江戸時代中期まで栄えたそうだ。
多田神社の会議に参集した三ツ矢旗兵衛は、三ツ矢家の末裔である。村長は地元の多田村を治める責任者であり、また会議が行われた神社から宮司が加わるのも不自然ではない。こうして4人の話し合いで、三ツ矢のロゴが決まったというわけだ。
世界の三ツ矢サイダーへ
ところで、三ツ矢サイダーが商品化された当時の価格は、いくらだろうか。アサヒ飲料のWEBサイトで公開されている価格表を見ると、1907年に、340ml入りの瓶で10銭という記録がある。参考までに1908年のビール(633ml入り)が22銭だそうだ。1933年には16銭(ビールが32銭)で、1944年まではビールの3分の1から2分の1の価格で推移したようだ。しかし終戦直後の1946年は、原材料不足のためビール3円に対し三ツ矢サイダーは6円と、値段が逆転した時代もあった。
現在も使われている「三ツ矢サイダー」の通称は、1916年に商標登録された。2年後の1918年には、工場の敷地内に能勢電気軌道(現・能勢電鉄)の引き込み線が敷設されて商品の出荷と輸送が効率よく行えるようになり、インドネシア、 オーストラリア、 フィリピン、香港、上海などへも輸出されている。
それから約100年後の2017年、iTQi(International Taste& Quality Institute:国際味覚審査機構)のコンテストで「優秀味覚賞二ツ星」を受賞。iTQiはベルギー・ブリュッセルに本部を置き、世界中の食品や飲料品の味覚と品質を審査し、優れた商品を表彰・プロモーションする機構だ。審査員はヨーロッパで権威のある15の調理師協会と国際ソムリエ協会(ASI)に所属する一流シェフやソムリエで構成されるという。
ちなみに3月28日は「3(み)」「2(つ)」「8(や)」の語呂合わせで「三ツ矢の日」。アサヒ飲料株式会社が、2004年に制定した。2019年の同じ日、兵庫県川西市にある「旧三ツ矢記念館」と「源泉地室」が同市の「文化遺産」第1号に認定された。
現在の三ツ矢サイダーは、濾過した水に糖液、酸味料、香料などを調合して味をつくり、炭酸ガスを溶かしているそうだ。
「甘味にはグラニュー糖、果糖、ブドウ糖を主成分とした液糖を使います」とのこと。
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