「本線」という線名だけど「本線」じゃないよ!!まるで別会社の線路のように接続なし…近鉄・田原本線の不思議

新田 浩之 新田 浩之

近鉄の路線図をよく見ると、始発駅・終着駅ともに他の近鉄線と接続していない路線があります。それが奈良県内を走る田原本線です。なぜ、このような孤立路線が生まれたのでしょうか。

ローカル度満点な支線、田原本線

田原本線は西田原本駅と新王寺駅を結ぶ全長10.1キロの路線です。話は逸れますが、筆者が小学生の頃に「田原本線」という線名を見て、「『本線』と名乗る割に路線距離が短いなあ」と思いました。線名の「田原本」は奈良県にある田原本町を指し、決して「田原/本線」ではありません。

西田原本駅・新王寺駅ともに他の近鉄線に接続していません。とは言っても、西田原本駅は橿原線の田原本駅、新王寺駅は生駒線の王寺駅から徒歩圏内です。西田原本駅付近から橿原線への連絡線があり、西大寺車庫からの車両の入れ替えに使われます。

休日に西田原本駅から田原本線に乗ってみました。橿原線の田原本駅改札から左折すると、西田原本駅が見えます。

田原本線は他の支線と同様にワンマン運転が行われています。ワンマン運転を導入したのは1992年のことで、他の大手私鉄と比較しても先駆け的存在です。

乗車した車両は8400系でした。8400系は奈良線向け大型通勤車両8000系グループの一員です。1960年代末から1970年代初頭にかけて製造され、2004年から廃車が進んでいます。膨れた車体から「昭和の近鉄電車」らしさを感じさせます。

田原本線は単線であり、「ガタンゴトン」というジョイント音が心地よいです。また、独特の縦揺れはローカルな雰囲気を増幅させます。

途中の箸尾駅で列車の行き違いをします。日中時間帯の運行本数は1時間あたり2本、朝夕ラッシュ時間帯は3〜4本です。

新王寺駅に近づくにつれ、乗客が増えます。西田原本駅を出発して約20分後に新王寺駅に着きました。

新王寺駅前にはJR大和路線(関西本線)王寺駅、生駒線王寺駅への乗り換え案内を記したステッカーを見つけました。田原本線から新王寺駅でJR大和路線に乗り換え、大阪市内を目指すルートが一般的です。

新王寺駅から150m先には近鉄王寺駅があります。こちらは奈良線生駒駅を目指して北上します。同じ近鉄の路線にも関わらず別会社のように思えます。

「栄光ある孤立」から見る大和鉄道の歴史 

田原本線は1918年に大和鉄道によって開業しました。開業当初の区間は現在と同じ新王寺~田原本間(現西田原本駅)で、国鉄直通の貨物列車を運行していました。1923年に桜井まで延び、さらに宇治山田方面へ延伸する計画もありました。

しかし、近鉄の前身である大阪電気軌道(大軌)が畝傍線(現橿原線)を開通させると、大和鉄道の利用客は激減することに。1925年に大和鉄道は大軌の傘下に入り、勝敗は決しました。

戦時には鉄道資材の軍事転用のため、田原本~桜井間は休止になり、後に廃止されました。戦後、新王寺〜田原本間は電化されると同時に、大軌と同じ線路幅の1435mmとなりました。

その後、信貴生駒電鉄への合併を経て、1964年に近鉄に合併されることに。同時に田原本駅は西田原本駅に改称されました。

今後も田原本線は「栄光ある孤立」を保ちながら、沿線住民の生活路線として機能することでしょう。

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