「漏れちゃう…」→「子ども先に行かせて大丈夫ですか?」女子トイレの行列で機転 ネットの批判、投稿者はどう受け止めた

中将 タカノリ 中将 タカノリ

女子トイレでのある機転をきかせた行動をめぐりSNS上で賛否の声が巻き起こっている。

「年取ってメンタルが雑になったので、めちゃ並んでる女子トイレで後ろに並んだ知らん子どもたち(多分姉が妹をトイレに連れてきた)がソワソワ『漏れちゃう...』とか言ってる時に大声で『すみません子ども先に行かせて大丈夫ですか?』とか言えるようになった。」と自身の体験を紹介したのはやきとりいさん(@yotii23)。

行列に一声かけ、3歳くらいの小さな女の子を先にトイレに行かせてあげたやきとりいさん。その後、子供たちは遅れて合流した母親に経緯を説明し、「ありがとうございました」「いやー並んでるみなさんが快く譲ってくださったので」といったほっこりするやり取りもあったそうだ。

このエピソードを読んだ筆者は「小さな子供を気遣ったファインプレイ」と感じたのだが、世間はそういった受け止め方をする人ばかりではないようだ。

やきとりいさんの投稿に対し、SNSユーザー達からは

「良い事ですね!みんなそれくらいの心の余裕を持ちたいものです。」
「我が子ももれそうってなってた時に前の方が先行く?と言って下さり助かった経験があります。大丈夫な時は丁重にお断りするのですが…大変助かりました。」

など称賛、共感の声があがる一方、

「大人の方がダメージ大きいからこの親切風には反対です。順番を交代すれば良いと思います。色んな事情を抱えた人がいます。私は個人的には大丈夫なので、そういうときは交代しています。」
「娘のトイレに付き添って列に並んでいる時に多分同じような状況で見兼ねた私達よりも後ろに並んでいたマダムが大きな声で『この子先に行かせてあげて』って声をあげたので『うちの子も我慢して並んでますけど?』と言ったらしょんぼりしてました。

といった批判的な意見も多くあがったのだ。

本音を言いやすいSNSならではの現象かもしれないが、幼い子供への配慮すら否定されてしまうのかと思うとなんだか悲しい。

投稿者さんに聞いた

やきとりいさんにお話を聞いた。

ーー投稿の反響へのご感想をお聞かせください。

やきとりい:「そんな事言われたら腹具合がどんなに厳しくても譲らざるを得ない、やめてほしい」という意見をたくさんいただきました。今の時代、空気を読まなければならない圧力を強く内面化せざるを得ないんだな、と感じます。みんな辛い時代ですよね。でもわたしはやっぱり同じ状況になったら「子どもを先に行かせていいですか?」というと思います。なぜなら、大人を信頼することにしたからです。

ーー大人への信頼とは?

やきとりい:この信頼は、「大人なら我慢できるだろう」という信頼ではありません。「無理な時に、『あ、無理です』と言ってくれるだろう」という信頼です。なんだったら首を横に振るだけでもいいじゃないですか。これが「対話に期待する」といった意味です。コミュニケーションコストを強いるといえば、それはその通りですね。

でも考えてみてください。わたしたちはトイレの前で並んでいるなんの関係もない他人ですが、尿意、便意はみなそれぞれに抱えています。「トイレ先行かせて!」も「あ、無理です」もどちらも万人が理解できる発言です。わたしは断った人がいても「そんな時に発言させてごめんなさい」としか思いません。大抵の人も「無理なんだな」以上のことは思わないはずです。よしんば「あの人空気読まねぇな」と思うちょっとアレな人がいたとしてなんでしょう、わたしたちはトイレを済ませたらスッキリ解散する一時の群れにすぎないのです。

ーー今回、批判している人たちはそもそもコミュニケーションしようという前提がないのかもしれませんね。

やきとりい:わたしたちはいつ、今にも漏らしそうな自分や連れを抱えてトイレの列に並ぶか分かりません。その列の、最前列にいるのか最後尾につくのかも分かりません。誰もができるだけ漏らさずにいられる社会、それは「先に行かせてください」と「無理です」が言える社会だと思います。「そんなこと言われたら譲らざるを得ない、許せない」とTwitterに百も反応がくるとき、それは今がそういう社会でないという悲鳴であり、その悲鳴によってさらに「言えない」呪いが加速する社会であると言えます。

ーー社会を投影しているんですね。

やきとりい:ですから少しでも言いやすい社会のために、イメージで練習してみるのはどうでしょう。「先に行かせてください!」と「無理です!」のどちらもを、なんだったら本当に声に出してみるのもいいかもしれません。わたしもちょうど胃腸炎です。すぐにこの機会が来そうです。「先に行かせてください!」「無理です!」それから最後に、漏らしちゃった人がいたら「何かできることはありますか?」の声が出せるよう、あるいは自分がそうなった時に「助けてください」と言えるよう頑張りたいと思います。

ーー「年取ってメンタルが雑になったので」という表現、ウィットがきいていていいなと思いました。

やきとりい:主に自分のコントロール範囲でないことを考えすぎなくなった、人を初手は「信頼できる対等な大人」として考え、コントロール外のことは対話に期待するようになったという意味で使いました。私は今42歳になりましたが、子供の頃は怖くて「トイレ先に行かせてください」なんて言えませんでした。でも年をとると思うのです。「トイレ先に行かせてください」「無理です」の対話ができるほうが、生きやすい社会、漏らしにくい社会だなって。そして自己満足でもいい、漏らしそうな子供がいたらとりあえず助けてあげたいなって。特に3歳くらいの子供って器官が未発達でめちゃくちゃ漏らしやすいですから。

◇ ◇

読者のみなさんはやきとりいさんの行動についてどう感じるだろうか?人はそれぞれに自分の尺度、価値観を持っていて当然だが、ただそれを振りかざすだけではいけない。他者とコミュニケーションをとることができ、互いの利益の調整ができ、その結果、弱者への善意が否定されない社会が実現できれば良いのだが。

 やきとりいさん関連情報
Twitterアカウント:https://twitter.com/yotii23

まいどなの求人情報

求人情報一覧へ

おすすめニュース

気になるキーワード

新着ニュース