動物園に毎日通い続けて5年半 男性の描く鉛筆画がスゴイ! 毛並み一本一本まで再現「虫眼鏡が必要なレベル」

堤 冬樹 堤 冬樹

京都市動物園(左京区)には、さまざまな動物だけでなく、毎日のように開園から閉園まで滞在する“名物”の男性がいる。目的は動物の絵を描くこと。並々ならぬ集中力で観察し、動物の息づかいが感じられるほど精緻な鉛筆画を手がけてきた。

膨大な数のスケッチ「観察を続ければ愛着が湧く」

男性は20代後半から独学で絵を描き始めた左京区の琴塚吉太朗(きちたろう)さん(40)。「見たものをしっかり描けるようになろう」と、2017年から動物園通いをスタートさせた。ただ、動物のことが特段好きだったわけではなかった。「人間のモデル代を払うお金はないし、静物画だと家にこもってしまう。動物園なら年間パスを買えば安いと思った」と苦笑する。

対象の動物は直感で決め、まずは何枚もスケッチを重ねる。多い時は1日20枚にも上り、動物の行動や性格、骨格の仕組みなど気付いたことも詳しく記録。「観察を続ければ愛着が湧くし、いろんなことが見えてくる」とうなずく。

動物の姿を忠実に表現するため、自然と鉛筆画になったという。濃淡20本ほどを使い分け、毛並みの一本一本まで丁寧に描き込んでいく。虫眼鏡で作品をのぞき込むと、実際に微細な毛の渦まで描写されているから驚きだ。

レアな瞬間を逃さず「目に焼き付ける」

徹底した観察ぶりと再現性は作品に表れている。例えば、キリンの「ミライ」とグレビーシマウマの「ナナト」を描いた1枚。キリンは後ろ脚の重心をぐっと落とし、長い首を下げて地面の草を食んでいる。園のキリンは高い位置にある枝葉や飼料を食べることが多く、水を飲む時を除き、あまり見られない光景という。

また、グレビーシマウマは上下反転したように映るが、実際に寝転んで背中を地面に付け、砂浴びをしている様子を捉えた。体を清潔に保つための習性で、これまたレアな姿だ。

「長時間観察しているから見ることができた瞬間で、目に焼き付けて描いた」と琴塚さん。普段から双眼鏡を使って皮膚の質感や毛並みなど細かい部分を確認しつつ、肉眼で全体像を把握する作業を繰り返し、白い紙に少しずつ生命を吹き込んでいく。この1枚は4カ月ほど掛けて仕上げた。

右肘痛めるも“ただでは起きず”

動物園には週1回の休園日などを除き、年間250~300日ほど訪れる。自宅との往復の時間が惜しくなり、2年前には園近くに引っ越したほどだ。季節や天気も関係なく、夏は汗がしたたり落ち、冬は手がかじかみながら動物と向き合い続けてきた。

連日の長時間にわたる作業がたたり、今年5月には右肘を痛め、1カ月ほど園通いを断念した。だが、転んでもただでは起きない。指先に力が入り過ぎていたことに気付き、リラックスして体全体を使うことを意識するように。以前は4~5時間連続で没頭することもあったが、今はスマホのアラームをセットして1時間に1度はストレッチするように努めている。

こうした変化は絵にも好影響を与えているようで、カバの「ツグミ」をはじめ新作の4点は「より柔らかなタッチになった」「一皮むけた」などと評判だ。「きちっと描くだけでなく、動物の性格やたたずまい、その動物を見て感じた自らの感情や思いも絵に表れるようになったのでは」と自己分析する。

祖父は日本画家、作品通して“対話”

実は、琴塚さんの祖父は日本画や版画で知られる故琴塚英一氏。京都市動物園近くの京都市京セラ美術館にも作品が収蔵されている。琴塚さんが生まれる直前に死去したため実際に会ったことはないが、自身も絵を描くようになって、その存在感は増している。

祖父も動物の絵や版画を多く手がけており、作品の中に垣間見える遊び心に「分かる、分かる」とうれしくなるという。「技術は到底及ばないけど、無意識のうちに参考にしている部分があると思う。自分の力だけで描いているのではない、と自覚するようになった」。作品を通して亡き祖父との対話を重ねている。

個展を開催中、オリジナルグッズも

園通いも5年半が過ぎた。これまでゾウやライオン、エミューなど25枚を完成させ、スケッチは2千枚を超える。園内で声を掛けられることが増え、昨年からは園内の売店で自身の作品がプリントされたTシャツやトートバッグなども販売されるようになった。

今後は園に1頭しかいないヤブイヌや、人気者のゴリラの絵に取り組みたい考えだ。「この5年半はとても濃密な時間だった。これからもマイペースで園通いを続け、リクエストがあれば動物以外の絵にも挑戦したい」と青写真を描く。

飲食店「Tovira(トビラ)」(京都市左京区高野清水町38-6)で1月22日まで個展を開催中。新作に加え、過去作を引き伸ばした作品やアクリル画など約30点を飾る。オリジナルグッズも販売。午後3~10時で、1オーダー制。月、火、水曜定休。12月28、29日は予約営業、12月30日~1月1日は休業。琴塚さんは営業日に滞在している。

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