上方落語といえば、人間国宝の桂米朝師匠をはじめとする上方落語四天王が頭に浮かぶ方が多いのではないでしょうか。昭和52年まで続いた落語ブームを牽引し、多くの落語家を育てました。月亭可朝師匠(80歳没)や当代桂文枝師匠(79歳)、笑福亭鶴光師匠(74歳)などスターも上方落語四天王の弟子です。
「正解以外は全部ダメ」を乗り越えて
名人である上方落語四天王の影響力は強く、落語の「正解」を客席にも落語家自身にも与え続けました。そのため、それ以外の回答がなかなか出難い環境。「正解以外は全部ダメ」といった風潮が、客席にも楽屋にもありました。しかし、現在は上方落語四天王を知らない世代の若手落語家が台頭してきており、上方落語は以前とはまた違ったにぎわいを見せてきています。
そんな中、上方落語界の「異端児」と呼ばれる2人の中堅落語家が注目を集めています。その落語家とは、桂米紫さん(48歳)と桂文鹿さん(53歳)。やもすれば「暑苦しい」と評されるほど毎回熱演の桂米紫さんと、手作りの人形が一緒に高座へ上がったり紙吹雪が舞ったりする桂文鹿さんは、上方落語界のトリックスターといえる存在です。
二人とも1994年の同期入門で、芸歴28年を迎えました。現在、最も人気・実力を兼ね備えた落語家といえるでしょう。
この2人が2013年7月からスタートさせたのが「ふたりで200席」という二人会。桂米紫さんと桂文鹿さん、それぞれ100席ずつ高座にかけるというものです。一言で100席といっても覚えるだけでなく、お客さんを楽しませるものにしなくてはなりません。なかなかつらいものだったのだそう。
この「ふたりで200席」が来年1月19日で遂に完結します。全51回足かけ10年、100席ずつ披露した苦労と楽しみについてうかがってきました。(以下、敬称略)
悩むよりアクションを
――東京では二人会が多く開催されていますが、大阪で二人会は珍しいですね。どちらから声をかけられたのでしょうか?
米紫:文鹿くんからです。2013年の初頭かな、話があると電話がかかってきました。四条の焼肉屋で、2人で色々と話したんです。それで、二人会をやろうと。
文鹿:そのころ、僕はかなり悩んでいたんです。もっと場数を踏んで、落語をよく知ってるにも聞いてもらえるようにならんとと思っていて。そのためには自分の会をやらんといかんけど、形にするのは難しい。そこで米紫くんに声をかけました。
――悩むより行動を起こそうと?
文鹿:悩むことも大事やけど、悩んだままやったあかんからね。不器用でも何かアクションを起こさんと。不器用やったらすぐ行き詰るから、また新たに考える。それがいつしか自分の身になっていたという10年やったと思います。
米紫:「ふたりで200席」での文鹿くんは伸び率がほんまに高くて。
文鹿:うん。キャラも変わったかな。昔の落語家はキャッチコピーというか、この人というたらコレというものがあったでしょ。「いらっしゃーい」や「どうもすみません」みたいな。それを自分でも作れたと思います。僕の場合は「おい、阪下」です。
「四天王もそうやったんちゃうかな?」
――「100席ずつ覚えんといかん」という追い込みがそうさせたのでしょうか?
文鹿:上方落語四天王もそうやったんと違うかな。お師匠さん方の師匠は皆、早くに亡くなって、自分たちでどうにかせんならんと追い込まれた。それが名人になった原動力になったと思います。
米紫:かといって、僕らがまた100席ずつ覚えてやれといわれたら、もうしんどいな(笑)。毎回ネタおろし(※初演)はつらい。でも、また刺激を求めて何かするかもしれません。
――しんどい中にあった喜びは何でしょうか?
米紫:ネタおろしで「これは!」という手ごたえがあったネタが何本かありました。『胡椒の悔やみ』や『お花半七』です。こういうネタと出会えたのも、「ふたりで200席」を続けて得られたものだと思います。新作落語にも挑戦して、『マニュアル通りにデートしてみた結果www』というネタを自分で作りました。今度の独演会でもかけさせてもらいます。
――新作落語を作る際、文鹿さんの新作落語が参考になりましたか?
米紫:口調を勉強させてもらいました。僕は古典派だから、古典のままの口調で現代が舞台の落語をすると違和感があるんです。その点、文鹿くんの新作落語は違和感がありません。そこを真似させてもらったんです。
――文鹿さんにこのような思い出深いネタはないでしょうか?
文鹿:ないな。
――えぇ…。あの…、上方落語の異端児と呼ばれることについて、どうお考えでしょうか?
文鹿:特にないよ。
米紫:何言うてんねん(笑)。プロレスでいうヒールになりたい言うてたのに。
ヒール役とまとめ役
文鹿:まあ、プロレスはね、全員が藤波辰爾やアントニオ猪木やったら成立せんからね。ヒールのタイガー・ジェット・シンやアブドーラ・ザ・ブッチャーがおらんと。落語も同じで。
米紫:この「ふたりで200席」でもヒールらしく、ドエロい艶笑噺をかけたり無茶苦茶してくれましたわ(笑)。
文鹿:ある程度かき乱さんと。物事は陰と陽、雄と雌があって成り立っているからね。僕と米紫くんは、スタイルも何もかも真逆なので、それをお客さんに楽しんでもらおうと思っていました。
米紫:だいぶええように言うたな(笑)。
文鹿:僕はこんなことをやって尖っているように見えますが、本当に尖っているのは米紫くんです。僕は尖って見せているだけ。米紫くんは本当に尖っています。
米紫:どっかで変な人が好きやからね。この「ふたりで200席」で僕も自分勝手なことをしようかと思うてたんですが、文鹿くんが何をするのか楽しむ節があったかな。
文鹿:僕は米紫くんがいてくれるから、思う存分暴れられたんです。米紫くんは僕ら世代のまとめ役なんです。
――尖っているというか、一歩引いて俯瞰されているのかもしれませんね。
違いを楽しんでもらいたい
――現在上方では、若手落語家の成長が目まぐるしいですが、追われる立場になり思うことは?
文鹿:誰か突出して上手いんじゃなくて、みんな上手いからすごいよね。僕ら世代も踏ん張らんと。
米紫:この「ふたりで200席」を通じて若手に伝えたいことは、「普段と違う人と組んだらおもろいで」でしょうか。古典派の僕と新作派の文鹿くん、キャラも何もかも違うから面白いものができ、成長できたと思います。もしかすると、これは他の仕事でもいえるかもしれませんね。
――違いを楽しめるようになったら成長できると。
米紫:そうですね。お客さんもそこに注目してもらえればと思います。
文鹿:違うことが、最終的に自分の武器になるからね。
米紫:こう言うても、繁昌亭ができる前は、どんだけ頑張っても見向きもしてもらえなかった。それを思うと、良い時代になったと思います。ちゃんと世間も注目をしてくれるようになりました。有難いことです。
文鹿:ええ転換期を迎えてるね。動かんもんを見続けるより、動いている人らを見てもらえたらと思います。
――ありがとうございました!
「正解」を求めないことが大切
今回、桂米紫さんと桂文鹿さんにお話をうかがい、上方落語に新しい風が吹いていると感じました。「正解」に倣うのではなく、それぞれの中にある個性という「正解」を見つけ出す。中堅落語家のこの姿に、若手落語家も励まされるのではないでしょうか。
なお、残念ながら1月19日開催の「ふたりで200席 最終回」のチケットは完売しているとのこと。悪しからずご了承ください。
繁昌亭では1月27日に桂米紫さんの独演会が、喜楽館では2月18日に遊雀・文鹿二人会が開催されます。こちらも要チェックです。
◇ ◇
【桂米紫独演会】
日時:2023年1月28日(土)18時開演(17時半開場)
会場:天満天神繁昌亭(大阪府大阪市北区天神橋2丁目1-34)
出演:桂米紫「胡椒のくやみ」「マニュアル通りにデートしてみた結果www」「らくだ」、桂鯛蔵/桂弥壱
料金:前売2500円、当日3000円
ご予約・お問い合わせ:米朝事務所 06-6365-8281(平日午前10時~午後6時受付)
【遊雀・文鹿 二人会】
日時:2023年2月18日(土)18時開演(17時半開場)
会場:神戸新開地喜楽館(神戸市兵庫区新開地2丁目4-13)
出演:三遊亭遊雀、桂文鹿、桂源太
料金:3000円(全席指定)
ご予約・お問い合わせ:070-2673-1203(チケット専用ダイヤル)※10時~20時/mugeplan51@au.com
※喜楽館窓口でも購入出来ます