2022年4月1日より通勤手段の制限を緩和して飛行機での出社も認め、居住地を全国に拡大できるなど、社員一人ひとりのニーズに合わせて働く場所や環境を選択できる人事制度「どこでもオフィス」を拡充したヤフー株式会社。新型コロナウイルスの流行により、多くの企業がリモートワークに移行しましたが、出社率も少しずつ戻り「オフィス回帰」の動きも見られています。そうした中、同社が「どこでもオフィス」を拡充する狙いはどこにあるのでしょうか。どのような働き方を実現しようとしているのかについて、この取組みの推進役である同社の中野康裕(なかの・やすひろ)さんにお話を伺いました。
「人周り」の仕事で貢献できる人事の道を歩むまで
―本日はよろしくお願いいたします。まずは中野さんのご経歴について教えてください
ITベンチャー2社を経験してヤフー株式会社に入社し、6年ほど在籍しています。1社目の会社は当時新卒は私1名だけだったので、研修もなければ同期もいないような環境でキャリアをスタートしました(笑)。
その後、1社目の上司が別会社の役員になるということで「お前も来い」と言われて一緒に行ったのが2社目でした。そこでベンチャー企業での経験を十分積むことができたと思ったのでもっと規模の大きい会社に転職しようと考えたんです。
今後のキャリアを考えたときに、ベンチャー企業で裁量大きく働いた経験に加え、自分が求めている大企業ならではの影響力を併せ持つ会社がどこかと考えたときにヤフーが目に留まり、選考を受けたところ拾っていただけたというのが入社までの経緯です。
―以来、ヤフーでは人事畑を歩まれてきたのですね
はい。入社して6年になりますが、人事として仕事を続けてきました。
―人事の仕事に興味を持たれたのはどんなきっかけからだったのでしょうか
ベンチャー企業では明確な職種というのがなく、社長から言われていたのは「デザイナーとエンジニアの仕事以外は全てやるように」ということでした(笑)。なので、プランナー・広告運用・カスタマーサポート・法務・人事など事業部門や管理部門を広く担当し、“何でも屋さん”になっていたんです。
エンジニアでもデザイナーでもなかったので、ハードスキルを持ち合わせていなかったものの、色々な仕事を担当する中で「意外と会社に貢献できているな」と感じたのが「社内外にわたる“人”周りの仕事でした。例えば、当時私はオンラインゲームの運営チームでカスタマーサポートの仕事も担当していましたが、お客様から電話でクレームをいただくようなこともありました。そうした電話があると、社内の皆は直接的なお客様対応に不慣れで、対応方法が分からないということがよくあり、その時の対処を自分が担うことになっていたんです。
そうした経験から、IT業界とはいえ、社内外を問わず人との向き合い方が重要であることに気づき、それはスキルであると考えるようになりました。そして、より人というものに向き合うには「人事」の仕事が最適だと思ったんです。
オフィスで働くという今までのルールの抜本的な見直しに着手
―本日のテーマでもある「どこでもオフィス」について、この制度がスタートした背景について教えてください。
「どこでもオフィス」は2014年にスタートしました。当時は月2回までの利用という制限があり、そこから2016年に月5回となり、2020年に無制限と段階的に拡大していきました。あくまで個人的な意見ですが、月2回や月5回の回数制限のあったころは、自分で働く場所を選ぶという感覚よりは、お子さんが熱を出したとか、保育園や幼稚園の送迎が必要になったなど、急な事態に対応するために利用していた方が多かったイメージです。実は私も月5回のルールの時にはほとんどこの制度を使ったことがありませんでした。オフィスがみんなにとっての共通の環境でしたし、当時の私はオフィス以外で働く必要性を感じることが少なかったんです。
そこから新型コロナウイルスの感染拡大という事態によって、「どこでもオフィス」の回数が無制限になったのですが、自宅で働くことが当たり前になると、「オフィスで働くことが前提となっているルールをいつまで持ち続ける必要があるのだろうか」という話になっていきました。
そして、私の所属する人事企画部が中心となって新しい在り方を設計しなおした際に、まずは働く場所を今の状況に合うように思い切って変えていこうということで、今に至っています。
―2020年に回数が無制限になったことで、社員の皆さんからはどんな反応があったのでしょうか
これまでも自宅で対応できる仕事はあったものの、オフィスに出社することが普通とされていましたので、その働き方に私生活を合わせたり、時には犠牲にしたりするようなことがありました。それが在宅勤務や好きな場所で働けるようになったことで、本当の意味での仕事と私生活の両立が出来るようになっていったという声が上がってきました。介護や育児だけでなく、仕事と両立しなければいけないことは人によって様々ですが、仕事のパフォーマンスを担保したままそうしたことに対応できるようになっていったんです。
―中野さんご自身としてはどのように活用されているのでしょうか
私も0歳と3歳の子どもがおり、コロナ禍の直前とコロナ禍で生まれたのですが、「どこでもオフィス」を活用するようになり、子どもに対しての向き合い方は変わったように思います。
以前のようにオフィスに出社していた時に生まれていれば、恐らく従来通りオフィスに出社して仕事をしていたと思いますし、帰宅時間が遅くなることもあったでしょう。そうなると土日でようやく子どもと戯れるといったような働き方や生活のあり方だったんだろうと思います。
今は平日であっても昼休みには家族と一緒にランチを食べることもありますし、0歳の子の面倒を見ることもできるなど、明らかに家族と過ごす時間が増えました。また働く場所についても、今年の3月から妻の実家である栃木県に引っ越しました。出社の必要があれば宇都宮から新幹線で通勤もできますので特に問題なく働くことができています。
―中野さんのように首都圏から離れて働く方も増えてきているのでしょうか
本社のある千代田区紀尾井町勤務でありながら一都三県から離れた場所に住む社員も一定数います。オフィスに出社する必要があるときには私と同じように新幹線や飛行機で通勤していますね。
ヤフーはフルリモートの会社ではない
―生活との両立や通勤時間がなくなったことでの生産性の向上などのメリットもあると思いますが、顔を合わせてコミュニケーションをとることで円滑な意志疎通が図れるというオフィスの良さもあると思います。そうした点をはじめ、課題はどのようなところでしょうか
まず前提としてヤフーはフルリモートの会社ではありません。従来のオフィスに代わる共通空間としてオンラインという場はありますが、仕事をする上で最適な場が果たしてオンラインなのかどうかは、都度選択をしていっています。例えばプロジェクトを実施する上で、対面で会うことの方が良いという判断であれば、メンバーが出社してコミュニケーションをとるようにしています。
そして、その上で私たちの部署としても施策を実行しています。例えばオフラインでも利用可能なコミュニケーション施策もこの4月より導入しました。
―オフラインでも利用可能な施策というのはどのような取り組みなのでしょうか
施策の立案・実施にあたり、まず全社員に「どういった時に対面でのコミュニケーションをとりたいですか」というアンケートをとりました。その結果、まず懇親会など業務外のコミュニケーションを通じて人間関係を築きたいときという回答や、新しい仲間を迎えるときについても、初めて会う時はオフラインが良いよねという声がありました。加えてブレストなど、1時間や30分の会議で終わらないような深い議論をするときも対面のコミュニケーションが向いているという意見もありました。
こうした回答に対して、例えばオンライン・オフラインどちらでも使用できる「懇親会費」として月5000円を支給しています。業務外のコミュニケーションとして、月1回程度、新しい仲間を迎える際や、チームビルディングにおいて活用してもらう狙いです。
また、「合宿費」というオフラインミーティング支援施策も導入しました。業務上、オフラインで長時間議論することが必要だとされる場面に対して会社がそのミーティング開催費用を一定額までサポートするというものです。その予算内であればワーケーションでも、オフィスでも、最適な場所で深い議論をしてもらう狙いです。
そのため、これだけオンラインでの働き方が進むと「オフィスは不要なのではないか」と言われることもありますが、ヤフーとしてはそうしたことは全く考えていませんし、むしろオフィスをもっと有効活用するために「実験オフィス」という取り組みも進めています。チームブレストのしやすいスペースや、一人で黙々と仕事がしやすいスペースなどを設け、コロナ禍を経てオフィスのよりよい在り方についても模索しています。
―色々な施策を推進中かと思いますが、効果としてはどうでしょうか
6月に行った社員向けアンケートを見ると、コミュニケーションをとる場面で課題があると回答した社員が減少しました。コミュニケーション以外の課題においても細かくヒアリングしていますが、他の項目でも同じように減少しています。
とはいえ、まだ一定の社員が課題を感じていることも事実ですので、改善に向けた取り組みは引き続き継続していきます。
対話を通じて個々人の働くベースを理解し合う
―対面での働き方がスタンダードであった時代から変化し、最適な働く場所を選択できるようになったことで社員一人ひとりの意識にどんな変化があったのでしょうか
最も大きな変化はこれまで暗黙的に共通なものとしていた働く上でのベースが変わったということです。簡単に言い換えるとオフィスを使った働き方の見直しということですが、このことは結構大きな変化だと感じています。
オフィスに出社して仕事していた時は、皆が決まった時間に、決まった場所で仕事をしていました。自分の後ろで子どもが泣いているということもなく、ある意味で固定されたベースの上でみんなが働いていました。
それが転換し、働くベースが個々に委ねられるようになっていきました。これまで当たり前にしていた働き方を同じように継続できると思ったら大きな間違いであると気づかされるようになっていったんです。私たちも今後、ワークショップなどを取り入れて積極的に取り組もうと考えていますが、個々人の働くベースについて対話することが大事になってきていると思っています。
―「働くベースについて対話する」というのはどういったことでしょうか
例えば、私という人間には0歳と3歳の2人の子どもがいて、ときに急に子どもの面倒を見ないといけなくなることがありますという話や、仮にそういった場合でも電話は持っているので連絡してもらっても大丈夫ですよ、というように、こうした個々の働く環境の背景をすり合わせないといけないということです。
いまや一人ひとり働くベースが違うのが当然です。それぞれが持つ多様な背景からも、働く環境が人によって微妙に異なります。一方で、それは言わないと分からないですよね。つまり、普段働く場所、時間に加え、その人の働く環境にどのような背景があるのか、どんなコミュニケーションをとるのが最適なのかなどを共有することが大切です。
私たちのチームでは先行してこのワークを実施しました。子どものいる社員が退勤した後の夜の時間帯にスラックでメンションを付けて通知することが良いのかずっと迷っていましたが、対話を通じて「むしろ付けてほしい」ということを言われることで、コミュニケーションの取り方を変えた方が良いんだという気づきもありましたね。
こうした対話から始めることでリモートワーク時でもお互いが気持ちよく仕事することが出来るようになっていきますが、まだまだ習慣づいていないように思っています。従来の働き方ではある意味必要がなかった対話なので、慣れなかったり、どこまで話すべきか分からないという心理もあると思いますが、自分たちのチームが最もパフォーマンスを発揮できる状態を知るためにも、相互に対話することも大切だと思います。
―ある意味で個々人の生活まで踏み入ったコミュニケーションかと思うのですが、紀尾井町のオフィスには約7000人もの方が所属している中で、どのように対話を進めていこうと考えられているのでしょうか
まず、ヤフーはとても良い財産を持っていて、1on1での対話をする文化をこれまで培っていました。上司と部下の1on1の時間は部下のための時間であり、上司が業務確認をする時間ではないとしており、あらゆるチームの1on1の場でカジュアルに「最近こういうことがあって~」といった会話がなされていました。その1on1に多少エッセンスを加えることで実現できるのではないかと思っています。
―それ以外にはどんな取り組みをしていこうと考えられているのでしょうか
社員アンケートではコミュニケーションに対する課題感があることが分かり、それに対して施策を実行していき、結果、徐々に課題感が減っていくのは良いことではあります。一方で個人的に懸念しているのは「慣れ」ということです。慣れてくることで本当は課題であるのに、課題として考えなくなってきているのではという仮説も立てています。
2~3年経って、この働き方に慣れたときに、本当は解決しなければいけなかった隠れた課題がジワジワと表面化するということがないように、感度高く意識していることは「コミュニケーションは二層である」ということです。それは、人間関係・信頼関係をつくるためのベースとしてのコミュニケーションと、成長実感を得るためのグロースとしてのコミュニケーションだと思っています。前者の関係を築くためのコミュニケーションが脅かされていれば、恐らく全員が問題意識を持つようになると思います。
一方で、他人とインタラクティブにコミュニケーションをとると、思わぬ発見があったり、自分の知らなかった知識が得られることもあると思いますが、そうした体験がリモートワークによって減っていると申告されるようなことも少ないですし、気づくことも難しいかもしれません。
そのため、今後は今の働き方をさらに推進しながらも、皆がオフィスに出社していたときよりも、社会人として、ヤフー社員として成長実感を得られるようにしていきたいと考えています。
―働く場所を自由に選択したり、生産性が向上したりすることで、個人差はあったとしても成長実感を得られるものかと思っていましたが、調べてみる余地があるということですね
はっきりとした相関関係があるかまだ分かりませんが、例えば社員アンケートでコミュニケーションにおいて課題があると回答した社員のエンゲージメントスコアを見たときに、成長実感の項目が低く出る傾向がありました。
上司とのコミュニケーションの機会が減ったためなのか、周りの人とのコミュニケーションが減ったことが理由なのかは分かりませんが、現在のアンケートを見るだけでも色々な仮説を立てることができますね。
自分で選択するということがウェルビーイングの向上に繋がる
―「どこでもオフィス」によって働く場所を選択できるようになったということで、ウェルビーイングの実現にも繋がっていくという話もありますね
複数の選択肢から選択できるということがウェルビーイングに繋がっているのだと思います。人は自分で何かを選択した時に幸せを感じるもので、逆に選択できなかったときにはストレスを感じるという面があります。これまでの働き方は会社が与えるものであり、「働く上で会社は何を用意してくれますか?」といった感覚だったと思います。
確かにある程度は会社が選択肢を用意する必要はあるのですが、本人がそこから選ぶという意識を持つようになれば、「自分は何を選択したら幸せになれるのか」ということに気づくことができ、自分が選んだ選択肢に対しての責任も自覚できるようになります。これからの社会人はこうした選ぶ意識をもって働くことが大事になるのではないでしょうか。
―確かに選択することでウェルビーイングが高まるとは思いつつ、自身で働き方を設計する必要があるという点では難しさもありそうです。特に、読者である20代はまだ子育てや介護と仕事を両立する段階にいない人も多いかもしれません。何を大事にして働き方を設計し、選択をしていくのが良いのでしょうか
すごく難しい質問ですね(笑)。ただ、今後の社会においては、働き方や仕事をトライアンドエラーしやすくなっていくことは間違いないと思います。選択した働き方を長く続けなければいけない世の中でもありません。
はじめは自分の軸が分からないといった場合であっても、まずはフィーリングでも何でもいいので一度トライしてみる、それが違っていたら、何故違うのかを考えた上で次の方法を選択するというサイクルを意識するだけでもずいぶん変わってくると思います。PDCAサイクルをきちんと回し、内省して次のアクションに繋ぐことで、より良い選択ができると思います。
―働くという点だけではなく、自分自身の生き方を考える上でも大事なことですね
そうですね。一方で情報やコンテンツがあり過ぎる時代でもあるので、そこに迷わないかどうかは、自分自身で選択する癖を身に付けてスキルにしていかなければなりません。選択肢をたくさん並べられてどれにするのか迷っているのと、自分のやりたいことに則して選択をするというのは大きく異なります。心の中に主体性をもって自身で選択することを意識しないと、どんどん振り回されていってしまうと思います。
―フィーリングであったとしてもまずはトライしてみる、というお話もありましたが、具体的にどんな風にアクションをすればいいのか、最後に中野さんからアドバイスをいただくことはできますか
フィーリングで選ぶと言っても…ということですよね(笑)。人によって異なりますが、ただ、例えば働き方を考える上で最終的に実現したいことは「会社選び」ではないと思うんです。就職や転職をするときに目の前にある10社からどの会社を選ぶのかがゴールではないはずです。自身が心地よいと思う時間や瞬間、得意だと思っていることは誰にもあるとは思うのですが、まずはそのような自分がやりたいことや、自分にとっての働く価値を見つけることが一番大事なことですよね。
つまり、先ほどのフィーリングを言い換えると心地よさを感じるのはどんな時なのかということになります。ただ、これは単に遊んでいる時などではなく、社会と関わっていく上で心地よいと感じる瞬間です。例えばアルバイトをしていてこの仕事で褒められるときが一番うれしいなとか、そういった時のことです。たとえ厳しい環境であっても成長実感を得ているときの方が心地よい、という人もいると思います。
もちろん、そうして会社を選んだとしても、現実的に自分の思い通りの社会人生活を送れるということはなく、想像と違ったと感じることは誰にでもあると思います。ただ、そうはいっても自分がこんな分野の仕事をしている時は心地よいよね、と感じる瞬間はあるはずです。心地よい生き方というゴールを実現するという点で、自分のフィーリングに基づいた選択をするということを大事にしていただければと思っています。
【ヤフー株式会社】
1996年1月設立。ミッションに「UPDATE JAPAN 情報技術のチカラで、日本をもっと便利に。」を掲げ、国内初の商用検索サイト「Yahoo! JAPAN」を皮切りに、「Yahoo!ニュース」をはじめとするメディア事業、「ヤフオク!」などのコマース事業、決済金融関連事業など、現在は約100種類のサービスを提供する。新型コロナウイルス感染拡大を契機に拡充した「どこでもオフィス」をはじめ、新しい働き方を促進。社員一人ひとりを尊重し、活躍できる土台をつくるため、日々アップデートする様々な制度は多くの注目を集めている。