出雲市平田町の増田義裕（よしひろ）さん（66）は一畑電車が大好きで、もともと住んでいた大阪府から島根へ移住した。大阪に住んでいた当時から雲州平田駅（出雲市平田町）にある車両「デハニ50型」の体験運転を楽しみ、累計運転回数は1500回を超える。なぜ、そこまで一畑電車が好きなのか、ファンになったきっかけやバタデンの魅力を聞いた。
増田さんはもともと鉄道に興味があったわけではなく、一畑電車を好きになってからも、ほかの電車にはあまり興味がないという。「僕にとって鉄道と言えば一畑電車」ときっぱり。
増田さんは広島県出身で、一畑電車の存在は小学生の時から知っていた。「人口が少ない島根県で頑張っている電車があるのだと思っていたが、なかなか島根を訪れる機会がなかった」。大学進学と同時に大阪府で暮らし始め、就職してからも大阪に住んでいた。
40代の頃から一畑電車について少しずつ調べるようになり2002年、一畑電車の創業80周年を記念したCDが発売されることを知ってインターネットで購入した。収録されていたのは「バタデン」を紹介する歌や列車の走行音、沿線紹介の音声。CDを聞いていると「乗ってみたい」との気持ちが強まったという。
初めて島根を訪れるきっかけとなったのは、一畑電車をモデルにした映画「レイルウェイズ」の公開だった。2010年に映画が公開されると、増田さんは映画のロケ地、島根県に足を運び、松江市内の映画館で鑑賞した。増田さんは「とてもいい話で感動した。島根で見た後も2回、映画館に見に行った。DVDも購入して今もたまに見ている」と話した。
もちろん「バタデン」にも乗車した。電鉄出雲市駅から出雲大社前駅まで乗車し、出雲大社を参拝して再び電車に乗り、松江しんじ湖温泉駅まで乗車したと振り返り「のどかでいいなと思った。町並みや田んぼ、湖が見えて、眺めの良さに感動した」と言う。その後も頻繁に島根を訪れ、毎月1回、夜行バスで島根に通う生活を送るようになった。島根に来た時は一畑電車の全区間が一日乗り放題になる「フリーチケット」を購入し、乗車を楽しんだ。
何度も電車に乗っていると「レイルウェイズ」のシーンと重なる部分も感じたと言う。例えば映画の中で、乗り遅れそうな乗客を待ってから運転士が電車を発車させるシーン。増田さんは「そんなこと本当にあるのかなと思っていたが、実際に朝日ヶ丘駅で乗り遅れそうな高校生を待ち、閉めたドアをもう一度開けて乗せてあげるのを見た。映画と同じだ！と感動した」。田んぼの中を走るため、野焼きの煙が車内に入ってくるというハプニングも映画で見たものと同じだった。
一畑電車は2011年から雲州平田駅で、老朽化に伴い引退した車両「デハニ50型」の体験運転を毎週土、日曜日に開催している。同年、「レイルウェイズ」のロケ地巡りに参加した増田さんを見た乗車員が「体験運転を始めるので来ませんか」と声をかけてきたことをきっかけに毎月、体験運転に参加するようになったと言う。
ほとんど自動でスピードが設定されている近年の電車と違い、デハニは二つのレバーを使って自分で調節しながら運転する。増田さんは「自分は鈍いし、車の運転もうまくない。本当に運転できるのかと不安だったが、自分で操縦している感覚が楽しくて、すぐにはまった」と話した。古い車両ならではの迫力がある走行音も好きという。
増田さんは定年退職を機に2018年、出雲市平田町に移住した。平日は散歩中にバタデンの写真を撮り、休日は体験運転という「バタデンづくし」の生活を楽しんでいる。同年から毎週土曜日は客として体験運転に足を運び、日曜日はスタッフとして、客の体験運転をサポートしている。年間100回のペースで体験運転をこなしている。
同じ「バタデン」ファンたちに増田さんの印象を尋ねると「まさにレジェンド」と答えが返ってきた。年に約60回の体験運転をこなし、累計回数200回を超える千代（ちしろ）誠一さん（49）は「体験運転に通い始めた頃、こんな人がいるよと教えてもらったのが増田さん。当初は雲の上の存在と感じていたが、話してみるとフレンドリーで、いろんなことを教えてくれてうれしかった」と、増田さんとの交流を教えてくれた。
増田さんは「何回も電車に乗っていると乗務員や運転士、バタデンファンの知り合いが増えた」と、バタデンでの交流を披露した。「都会では同じように活動していても、スタッフと顔見知りになることはないと思う。アットホームな雰囲気が好き」と、ローカル線ならではの魅力を話した。好きなものに全力で向き合い、人生を楽しむ増田さん。「レイルウェイズ」の主人公さながらの情熱を感じ、じんわりと胸が温まった。
