高そうなドレスや和服に身を包んでいても、中身は生身の人間。生理現象は止められない。しかもトイレが満員となれば、背に腹は代えられない。ご婦人方の集団が男子トイレを襲う。
数千人を収容できる宴会場にトイレはなぜか2つだけ
バブル経済が最高潮に達していた頃、一般人のカップルでさえ、当たり前のように高級ホテルの宴会場で結婚披露宴をやっていた。
筆者が警備員として勤務していたホテルには数千人を収容できる大宴会場があった。用途や利用する人数に合わせて内部をさらに小さなスペースに区切れるようになっていて、一般人の結婚披露宴は、たいてい最小のスペースで行われた。
他にも、企業がメディア向けに新商品の発表会をやったり、創立記念のパーティーをやったりと、今から思い返せばお金の使い方が派手な時代だった。
そんな大人数を収容できる宴会場なのに、どうしてそんな設計になったのか分からないが、宴会場を出てすぐ目につくトイレが2つしかない。
他のコンサートホールでもトイレはワンフロアに1つが一般的だが、そういう場合は、たいてい広くつくってある。ところがホテルのトイレは、宴会場の大きさに比して狭かった。
「今日だけオトコ~!」
トイレが足りないという現実が、どのような事態を引き起こすのか。目の当たりに遭遇しないと、なかなかイメージが湧かないだろう。
女子トイレは1人当たりの利用時間が長めで、しかも男子トイレとほぼ同じ広さに個室があるから、同時に利用できる人数が少ない。そのため回転率が落ち、順番待ちの列ができやすい。
一方、男子トイレは立って用を足せる特性上、便器を多く設置でき回転率がよい。トイレの前に行列ができている光景はあまり見たことがない。しかも個室の利用がほぼなかった。
ご婦人方は、そこに目を付けた。
「どうせ使ってないでしょ」と、個室を狙って男子トイレ入ってくる。それも1人や2人ではない。口々に「今日だけオトコ~!」といいながら何十人も集団で押し寄せる。個室は小便器と背中合わせになっているから肝心な部分は一応隠せるが、オジサンたちは背後に女性がいるため落ちつかない。やがてご婦人方の気迫に負けて、男性トイレなのに男が入れなくなる事態に陥ってしまう。
そんな振る舞いが目に余ったので、やんわりと注意したことがある。
「おそれいります、お客様。ここは男子トイレですので、ご婦人の方は隣のご婦人用トイレをお使いください」
するとどうだろう。和服姿の婦人が、
「向こうは混んでるのよっ!!」と開き直った。ホテルのスタッフは初めから諦めているのか、誰も注意しない。
だが、このようなことを、ホテル側が問題視していないわけではなかったようだ。
大きな宴会が行われるたびに、男子トイレをご婦人方に占拠されるため、思い切って男子トイレも臨時の女子トイレにしたことがある。男性には、大宴会場と同じフロアにあるレストラン街のトイレを案内したところ「今日だけオトコ~」がなくなったという。
警備員は世間の裏側を見やすい職業だといわれているが、生理現象で切羽詰まった人間の本性も垣間見ることがあるわけだ。