もうすぐオオサンショウウオの大きなイベントがある。
京都での取材でオオサンショウウオと出会い、オオサン愛が芽生えた筆者のもとにそんな話が飛び込んできたのは、4月終わりのこと。謎に満ちた生態に触れ「オオサンショウウオのことをもっと知りたい」という思いを募らせていたところだった。
イベントのデジタルパンフレットを開くと、オプションで夜間観察会も用意されていて、胸が高鳴る。急いでスケジュールを確認したところ、イベントが予定されている6月18、19日の2日間がぽっかり空いている。これもなにかの縁と、思いきって参加してみることにした。
オオサンショウウオの棲むまちへ
やってきたのは、日本有数の鉱山町として知られる兵庫県朝来市生野。オオサンショウウオの研究調査、保護活動や関連事業に携わる人々の情報交換を目的に2004年に発足した「日本オオサンショウウオの会」の第17回大会の開催地だ。
なお、ひとつ前の第16回大会は2019年に岡山県真庭市で開催。これまでは1年に1度開かれていたが、新型コロナウイルスの影響で延期が続き、3年ぶりの開催とのことだった。
会場となる生野マインホールでのプログラムはオオサンショウウオが生息する各地での調査や研究成果の発表が中心。「鉄腕アトム」に出てくるお茶の水博士のごとき研究者が集まるような会だったら筆者、めちゃくちゃ浮くのでは…とやや不安だった。
が、そんな心配はいらなかったようだ。研究機関の方だけでなく、気合の入ったオオサンショウウオコーディネートでキメているコアなファンと思しき方から家族連れまで幅広い。ただ、駐車場にぎっしり停まっている車のナンバーは全国津々浦々で、かなり遠方からの参加者もいるようだった。
発表は大学や専門機関からだけでなく、小中高生たちがそれぞれの視点でオオサンショウウオを大切に思う、気持ちのこもったものもたくさんあって興味深い。ここではオオサンショウウオは地域の宝とされ、日ごろからさまざまな活動が行われているとのことで、それこそ小学生のうちから自由研究や関係機関との共同授業があるらしい。
「オオサンショウウオの棲むまち」朝来では、国の特別天然記念物が日常のすぐそばにいるのだなと、しみじみする。
いよいよ川へ観察に
大会1日目のプログラムが終了した17時。オプションの夜間観察会を申し込んでいた一団が、ふた手に分かれて観察会場へと出発する。歩いて移動するにはやや遠いため、希望者のための大型バスが会場外にスタンバイしていた。あらためて大会の規模の大きさに驚く。
マイカー移動組との集合場所から、まとまって上流へと進む。観察会の前に、と向かったのはオオサンショウウオのためのスロープ設置場所。エサや産卵場所を求めて川を下ってきたり、大雨で流されたりして巣穴を離れたオオサンショウウオにとって、ダムや堰などの人工物は超えられない障害物なのだ。それでもなんとか巣穴に帰ろうと、手足がボロボロに擦りむけても登ろうとし続けるというから心が痛む。
そこで、このスロープ。滑り止めの置き石や計算された勾配など、オオサンショウウオに優しい設計になっている。人と野生生物の共存のためのバリアフリー発想だ。そしてオオサンショウウオが実際にスロープを使う様子は地元・生野高校の生徒が観察し、研究発表としてまとめている。
野生のオオサンショウウオが現れた
「では、スタッフがすでに捕獲を始めているので、観察場所に向かいましょう」と促され、来た道を引き返す。え?え?下流に行くの?すごーく上流にいるものだとばかり思ってたけど。
川沿いを電車が並走するような、川にかかる橋からご近所の方が覗き込んでるような、こんな下流にいるの?オオサンショウウオが?内心とまどいながら下っていくと、視線の先に若きオオサンショウウオハンター達の頼もしい姿が見えた。
ぷらぷらと川べりを歩いていると「いましたー!」という声が響く。
ついに野生のオオサンショウウオとのご対面が叶う
本音はかぶりつきで見に行きたいが、子ども達もいる手前、精いっぱい冷静なふりをして余裕たっぷりな振る舞いでタライを覗きこむ。
どれどれ。はわぁあぁぁぁ!オオサンショウウオだぁぁぁ!至近距離で見るオオサンショウウオは風格たっぷりで、感動しかない。
孵化後、半年ほどとみられる赤ちゃん(幼生)も見つけることができた。おとなになるとなくなるエラがまだあって、ウーパールーパーのようだ。
赤ちゃんオオサンショウウオ、可愛いなぁとほっこりしていると、向こうで歓声が上がる。かなり大きな個体が見つかったようだ。「重い重い!!」とハンターが腕をプルプルさせながら網を持ち上げ、目の前を走り去ってゆく。
背後で、また新たな個体を捕獲したという声が聞こえる。ここにきてから1時間も経たぬうちに、次々と目の前に運ばれてくるオオサンショウウオ。自然が相手だけに「みなさん、せっかく来たけど、今日は見つかりませんでした、残念!」という展開も予想していたが、こんなにホイホイと、しかも外来種と混じっていない在来種が見つかるとは。おそるべし、生野。
ほどなくして川に返されてゆくオオサンショウウオ達を見送りながら、自然の美しさと尊さをかみしめていた。すっかり、両足ともがオオサンショウウオ沼にハマりこんでいることにも気付かずに。
太古の昔から姿形がほとんど変化していないことから”生きた化石”の代表格。あの日、水族館で見たオオサンショウウオにもすこぶる感動したが、ガラスケースを通さない生身の姿からは、もっと重みのある感覚を受け取ることができた。身体を動かし、五感を働かせて体験したことは、深くじぶんの中に生き続けるのだろう。勇気を出して行って良かった。