大阪府泉南市にある、浪漫的な雑貨の店「えのぐ箱」と併設の「喫茶十色」。ここでは経営者でエコクラフト作家の上野誠子(さとこ)さん(64)の飼い猫・すず(メス、13歳)が愛嬌ある顔でお客さんを出迎えている。夫の順吉さん(享年60)は、若くして脳内出血で倒れ、全身まひの後遺症を抱えつつも、穏やかでいつも前向きだった。
夫の死後、ずっと彼を支え続けてきた誠子さんに不思議なことが起こり始める。ハートのメッセージが定期的に届くようになったのだ。ハートマークはすずの体にも現れるように。一体、どんなことがあったのか。誠子さんに話を聞いた。
2008年4月に夫の順吉が膵臓がんで亡くなり、1年が過ぎたころ、よく買いにいく近所の花屋さんで出会ったのがすずです。野良の母猫が生まれたばかりのすずをくわえてその花屋さんの敷地内にポトンと落としていったそうで、私が手を差し出すと、近づいてきて手をなめてくれたんですよ。生後2ヶ月くらい。それがすごくかわいくて。飼い主を募集されていたので、引き取って家族に迎えることにしたんです。
夫とは私が25歳のときに結婚しました。彼は野鳥の調査員をしていたのですが、結婚して7年後のある日、突然、脳内出血で倒れました。意識不明の状態が続き、奇跡的に一命は取りとめたものの、リハビリをしながら3年間入院。幸い大脳の損傷がなかったため意思疎通を図ることはできましたが、首から下は全身がまひして体は動かせず、それからはずっと車椅子生活でした。
当時、2人の子ども(長男と長女)はまだ幼く、子育てが大変な時期でした。落ち込む私に対し、夫は「どんな状況でも一緒に乗り越えていくのが夫婦じゃないか。子どもたちには両親がいきいきと働いている姿を見せたい。2人で何かできることをしよう」と。そこで、私は美術系大学出身でアートや雑貨が好きだったこともあり、雑貨と喫茶を楽しめる店をすることにしたんです。もちろん店を開くなんて未経験でしたけど、夫は「初めてだからこそ新しい発想でユニークなこともできるはず」と励ましてくれました。
店では夫がレジに座ってアイデアを出し、私が実行するというスタイル。子育てと介護、店の営業、時には深夜まで作品づくりと、1日24時間では足りないくらいでしたけど、とても充実した日々でした。私は1日中、忙しく動き回っていたので、子どもたちは何かあると夫によく相談していました。幼いころは、コマ回しやボール投げのコツを教えてもらったり。夫は体は動かせないけれど、的確な言葉で教えるのがうまいんです。おかげでコマ回しもボール投げも、子どもたちはすぐにできるようになりました。
そんなふうにして長年、暮らしてきたんですけど、亡くなる1年半前、夫にがんが見つかり、私は最愛のパートーナーを失いました。二人三脚で歩んできた連れ合いを先に亡くすというのは、とても辛く、なかなか立ち直ることができませんでした。車を運転していたら急に涙が止まらなくなったり…。長男と長女(当時22歳と20歳)もお父さん子だったので、ショックは大きかったと思います。
すずが我が家にやってきたのは、そんなときでした。家族の間に、大切なものを失った喪失感が漂うなか、子猫のすずは無邪気にはしゃいだり駆け回ったり。それまではすべてが暗い感じだったのが、すずがきたことで、影に陽が差すように、家族に笑顔が戻ったんです。
開業したときから、うちの喫茶ではドリンクにハート形の氷を使っているんですよ。製氷機は普通の形の氷に比べてコスト高だけど、夫も「心温まる店にしたいね。ハート形の氷は溶けて小さくなっていくときも形はハートのまま。この店にぴったりやね」と言って(笑)。夜、夫と段ボールなどの廃材でエコクラフト人形を作っているときなんかは「どこかに隠れハートマークを入れておこうよ」と無邪気に言いながら、作品を仕上げたこともよくありました。「見つけにくい方が見つけたときの喜びも大きいから」って。ハートマークは2人だけがわかる隠れサインのようなものでした。
だからなのか理由はわかりませんが、夫が亡くなってしばらく経ってから、私の元へ定期的にハートのメッセージが届くようになったんです。最初に見つけたのは、夫と一緒に店の前に植えたイチゴの実。ハート形のイチゴなんて初めてだったのでびっくりでした。それからは、ドレッサーを掃除していたら隅から出てきた埃(ほこり)がハートの形をしていたり、店の前にあるビワの葉が虫にくわれて、その穴の形がハートだったり(笑)。
さらに、すずが大きくなるまでは気づかなかったんですけど、すずの背中やお尻、尻尾の付け根にある黒い模様が、くっきりとではありませんが、時折ハートに見えることに気づきました。4年前のバレンタインデーの日に撮った写真には、すずの左耳の横の額に、小さな白いハートマークが浮かび上がっているのを友人が見つけてくれて、この模様は今もあります。
ハートメッセージに出会うのは、3ヶ月から半年に1回くらい。決まって自分が落ち込んだり、疲れたりしているときが多いです。もしかしたら夫が天国からハートのメッセージを送って応援してくれているのかなって。息子にそれを言うと「そんなことあるわけないやん」って言われますけど(笑)。
体は不自由でしたけど、夫は明るく、アイデアマンで、決まって前向きでした。私が作品を作っているときは、いつも優しい表情で見守ってくれていました。「あなたにしかできないことがある。好きなことをするのが一番幸せなんやから、楽しくやればいい」とよく言ってくれたのを思い出します。いま振り返ると、すごくエネルギーをもらっていたなって。自分にしかできない、お客さんが喜んでくれる作品を、今後も作っていきたいです。
今はすずが夫の代わりに私の作品づくりに寄り添ってくれています。その穏やかな視線が、夫に似ているなってふと感じるときがあるんです。すずは今、人間でいうと私より少し年上くらいかな。ずっと元気で、これからもそばで見守っていてほしいです。
【店名】「えのぐ箱&クラフト喫茶『十色』」
【住所】大阪府泉南市樽井2-22-32
【インスタグラム】@enogubako_toiro