在留資格がなかったり、強制送還の対象になったりした外国人を「不法滞在者」として強制的に収容する施設、入国管理センター(入管)。2021年3月には、名古屋の入管収容施設で、体調を崩したスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさんが適切な治療を受けられず死亡する事件が発生し、以前から問題視されていた入管職員の被収容者に対する非人道的な対応にあらためて批判が高まった。入管の中で今、何が起きているのか。国際的な難民条約に加入している日本が、欧米などに比べて難民認定率が極めて低い理由は。茨城県牛久市にある東日本入国管理センターに収容されている人たちとの面会の様子を撮影した映画「牛久」のトーマス・アッシュ監督は「外国人に限らず、日本は少数者や弱者を“排除”する傾向が強い。入管の話になると必ず『国に帰ればいい』と言う人がいるが、問題はもっと根本的なところにあるのではないか」と指摘する。
トーマス監督は2019年、教会のボランティア活動で面会支援をしている友人に誘われ、初めて入管を訪れた。「病気になっても病院で診てもらえない」「鬱状態で自殺未遂をした」などと語る被収容者たちの言葉を聞くうちに、入管のあり方に疑問を持つようになったという。
「人権を蹂躙するような処遇にハンガーストライキで抗議して体調を崩し、車椅子を使っている人もいて、これではいつ誰が死んでもおかしくないじゃないかと心配になった。何かあったときのために、この現状を証拠として残しておく必要がある。(撮影は)したくてしたんじゃない。自分が『しなければいけないこと』だからした。いわば使命感」
入管は施設内での録音や撮影を禁じているため、トーマス監督は隠し撮りを決意せざるを得なかった。長期にわたる強制収容や非人道的な扱いで心身を蝕まれ、中には「こんな人生はもう要らない」とこの状況に絶望する人も出てくるほど追い詰められた9人の生々しい肉声を記録した。
「私はカナダの刑務所を訪問した経験もあるけど、日本の入管は刑務所よりよっぽど『刑務所っぽい』と感じた。面会者との間にアクリル板の仕切りまで設けられているのは、ちょっと異常です。だってあそこは収容施設のはずでしょう。彼らは母国にいたら政治的な紛争や差別などによる身の危険があるから逃げてきた人たちで、本来は犯罪者ではありませんよ」
「難民認定率の異常なほどの低さ(2019年は0.4%、2020年は1.2%など)。収容されている方からは『少なくとも日本には難民を受け入れようという姿勢はほとんどない。なんで難民申請書なんて出しているのかと思ってしまう』という問い掛けを受けました。現実と乖離した入管の仕組み自体がそもそもおかしいんです」
こうした問題の背景には、外国人をはじめ、いわゆる“普通”や“多数派”ではない人、引いては外国人を忌避しがちな日本の風潮があるとトーマス監督は見る。トーマス監督自身は1975年、アメリカ出身。2000年に来日して以来、ずっと日本で暮らしている。それでも人からはいまだに「いつアメリカに帰るの?」などと悪気なく聞かれることがあるという。
「日本にいる限り、自分はきっと死ぬまで“ガイジン”扱いされるんだと思ってしまう。本当にしょっちゅう言われます。アメリカだったら、日本人に会っても『アメリカ人ではない』とは考えないし、ましてや初対面で『どこの人ですか』と尋ねることはないので、日本では“ガイジン”として一線を引かれているようで、なかなか慣れません」
だからこそトーマス監督は、「この映画を『外国人目線』だとか『日本が嫌いな監督が作った』みたいに受け止められるのは全然違う」と強く釘を刺す。「むしろ日本が大好きだからこそ、多くの人に入管の実情を知ってもらいたいと思って作った。私はこの国で暮らす一人の『市民』として、周りで起きている問題にカメラを向けただけ。『入管は今こういう状態です。それで、あなたはどうしますか?』と皆さんに問いたいのです」
多くの人が指摘するように、入管問題が生まれる背景には、偽造パスポートなどで命からがら逃れてきた人をとりあえず「不法滞在者」と見なし、「罪人」扱いする国の方針がある。さらにトーマス監督が批判するのは、先ほども述べたような立場の弱い人に対する冷たい眼差しだ。
「例えば日本では、政治家や大企業の社長に占める女性の割合が少ないことが度々問題になります。LGBTQや在日コリアン、障害者に対する姿勢に関するニュースにも胸が痛みます。弱い立場の方々が日本で暮らしていてどう感じているか、ぜひ当事者の声に一緒に耳を傾けていきたいと思います」
「『外国人は自分の国に帰れ』というのはひとつの考え方かもしれないけど、こういう言葉が許される社会だと、次は必ず同じ日本人の中の立場が弱い人、他の人に比べて“違う”ところがある人に排除の矛先が向けられる。ただでさえ労働力不足で外国人の力が必要になっているのに、『国に帰れ』『日本に来るな』なんて言っていたら、日本は他の国から孤立してしまうのではないかと心配になります。『日本は特別な国』『日本の言葉や習慣は難しいから“ガイジン”には理解できない』と考えている日本人は少なくないと思います。だから入管がこんなことになるんです。これからの日本のためにも、外国人と平和に共生する社会を目指すべきだと思います」
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新型コロナウイルスの感染拡大を受け、映画に登場する人たちを含む多くの被収容者は、クラスター発生を防ぐために収容を一時的に解かれる「仮放免」となった。しかし仮放免中は就労が認められておらず、県境をまたぐ移動にも制限が課せられる。生活保護や健康保険も適用されない。つまり、この国で暮らしながら、今まさに過酷な現実に苦しめられている人がいるということだ。
「問題を解決しようと熱心に活動している政治家はいるし、以前からきちんと報じているメディアもある。でも、関心がなければ目に入ってこない。当事者が素顔をさらけ出して自分言葉で語るこの映画には、人々の関心を呼び起こす映像の力があると信じています」
「映画を見てまずはこうした問題を『知る』こと。そして、感想をSNSに投稿するなり友人に伝えるなり『発信』してほしい。さらに、彼らを支えるボランティアに参加したり支援団体に寄付したりという『行動』を起こし、問題意識を持った議員に『投票』する。おかしな仕組みを変えるために大切なのは、この4つです」
「牛久」は東京のシアター・イメージフォーラムや大阪の第七藝術劇場他、全国順次公開中。5月下旬、神戸・元町映画館にて公開。詳細は公式サイトで。https://www.ushikufilm.com