「遠くの戦争は買い」という米国の市場関係者の間で伝えられた相場格言がある。自らのサプライチェーンが傷付かなければ、戦時の混乱で供給できなくなった製品に代替需要が発生し、市場に食い込む機会になるといった見方だ。ただ日本株の動きは不安定で、必ずしも格言通りの動きとはいいがたい。
ロシアが攻め込んだウクライナと、日本との距離が見えづらい。ウクライナは地理的に遠くだが、ロシアは日本の隣国だ。それに日本もロシアに対する制裁に加わった。日本の経産省は企業に対してサイバー攻撃のリスクが高まったと注意喚起していた。サイバー攻撃に距離は無関係だ。
さらにウクライナ情勢がいっそう複雑化するなら、混乱に乗じて中国が動く可能性を懸念する声が台湾で出ている。台湾の蔡英文総統は、周辺の軍事動向の監視と、台湾海峡の警備を強化するよう指示したとの報道もあった。今後の日本株の手がかりは何だろうか。
年金資金や投資信託などの資産運用会社である三井住友DSアセットマネジメントの市川雅浩チーフマーケットストラテジストは、ロシアがウクライナに侵攻せず、にらみ合いが続くなら「日本株の底値は1月27日の2万6170円と考えてもよかった」と話していた。
理由は意外にシンプルだ。そもそもウクライナ情勢が緊迫化する前に、世界の株式相場は米国の利上げを警戒して下落基調だった。これがパウエル議長はじめ米連邦準備理事会(FRB)幹部の相次ぐ発言を通じて、株式相場に織り込まれたからだという。
市場のコンセンサスになったのは、FRBの利上げ開始は3月。年3~4回の利上げが2年程度続き、政策金利は現在よりも2~2.25%程度上昇するといったところ。利上げを織り込んだ後は、将来の世界経済の成長を取り込む動きが復活するという見立てだ。
ロシアが軍事行動に動いたのをきっかけに、ロシアの狙いはウクライナの政権転覆ということが明確になった。ただ戦闘が長引くのか、経済制裁の行方はどうか、欧米の消費者心理への影響はどうかといった新たな不透明要因が浮上した。もう一段の下値もやむを得ないとみる。
とはいえ「ここから先の下げ幅は、それほど大きくないだろう」と指摘するのは、準大手や大手銀行系などの証券会社でストラテジストの経験を持つ瀬川投資研究所の瀬川剛氏だ。原油先物相場が100ドル/バレルといった水準にあることから、「それほど全面的に、投資家がリスク回避に動いているわけでもない」という。
冬の需要期であるうえ、主要な産油国で、天然ガスの産出国であるロシアとの貿易は当面厳しい。原油価格が上がる材料は豊富だ。ただ現在のような高水準の原油価格は、投機マネーなしにはありえないだろう。少なくとも国際商品相場にはリスク志向の資金が流れ込んでいると瀬川氏はみる。
2015~16年に中国株のバブルが崩壊した「チャイナショックのときは、ヘッジファンドなどが商品相場からも資金を引き上げていた」と瀬川氏は振り返る。当時は原油先物相場も、中国株の指標である上海総合指数も、そろって16年2月が底になった。それを考えるとロシアとウクライナの戦闘が多少続いても、日本株が2万5000円程度まで下落すれば底入れするのではないか、とみている。
個人投資家を中心に投資情報を提供するブーケ・ド・フルーレットの馬渕治好代表は、「日本株には、まだ顕在化していないリスクがある」と慎重だ。典型的には「たとえば中国に対する漠然とした不安が残る」と考えている。
北京冬季五輪もあって、一時は騒がれた中国恒大集団の巨額債務問題はだいぶ忘れられたが、中国の不動産問題が消えたわけではない。米中の対立はいつ激化するのか見極めが難しいし、台湾海峡しかり中国の軍事的も見通しが困難だ。
それを思えば日本株は、もう一段の下落もありうる、と馬渕氏は予想する。それでも日経平均は2万5000円程度で底入れするという見通しだ。やはり2022年度も企業収益の回復が続くからだ。21年度ほどの勢いは欠くにせよ、利益が増えれば年末にかけて、ゆっくりとした株価の上昇を見込む。
国際送金のITインフラである「SWIFT」(スイフト)からロシアの銀行の一部を締め出すという制裁が決まった。国際決済ができなくなるわけではないが、大きな手間がかかるようになることには違いない。世界各国でロシア国債を売買できないようにする動きも広がっている。こうした措置は実際、やってみなくては分からないという面もある。
ロシア政府が資金調達難になれば、ロシア国債が債務不履行(デフォルト)といった事態も想定する必要があるかもしれない。そうすれば大型ヘッジファンドが破綻した1998年のロシア財政危機も意識され、多少の市場のドタバタはありそうだ。
ただ日経平均は昨年の高値である3万670円から15%下落すれば2万6069円だ。日経平均は1割下げれば調整感が出るというから、株価水準だけに注目するなら出直りを待つ状況といえるだろう。しばらくはウクライナをにらみながら様子見を続きそうだが、株式相場では一方的に暗い話ばかりでないことを、覚えておいてよいかもしれない。