濃厚接触者の自宅待機 日数の科学的根拠は? 専門医に聞いた 「地域の実情に応じた期間が望ましい」

渡辺 陽 渡辺 陽

「14日間も自宅待機なんてあり得ない!破産する!」と言った人もいるという、濃厚接触者の自宅待機期間。確かに収入が途絶えるのも困りますし、個人が困るだけでなく、待機期間があまりにも長いと社会が機能不全に陥ってしまいます。

現在、オミクロンの感染拡大を受けて、自宅待機期間は、段階的に7日間に短縮されました(医療従事者を含むエッセンシャルワーカーは5日間)。待機期間は今後も短縮もしくは10日など増える可能性もありますが、どのような根拠で決められているのでしょうか。また、個人や社会が受けるダメージを最小限にするためには、どのようにバランスを取っていくのが望ましいのでしょうか。新型コロナウイルスやワクチンについての正確な情報を発信するプロジェクト「こびナビ」の木下喬弘医師に聞きました。

濃厚接触者の自宅待機期間、科学的根拠はある?

――まず、自宅待機期間は、科学的根拠を持って決められているのでしょうか。

木下喬弘医師(以下、木下)「待機期間の根拠はあります。今年の1月20日付で国立感染症研究所が出したデータが海外でも話題になったのですが、オミクロンに感染した人のPCR検査を連続してやって、どれくらいウイルスを排出しているのか調査したのです。発症した日、診断した日、2日目くらいまではウイルス量がすごく多く、3〜6日くらいまでは結構排出します。ところが、7〜9日くらいになるとかなり減って、10日以降はわずかに排出している人もいますが、ほとんどゼロになったんです。多少ウイルスを排出している人を取り逃がす可能性はあるれど、だいたいは大丈夫だという。ですから、最初、自宅待機期間は14日間だったのですが、10日間へ、そして、1月28日に7日間になったのです」

――米国では感染拡大した時、自宅待機する人が増えて、スーパーの棚から食べ物がなくなってしまいましたよね。感染拡大したから待機期間を長くするのではなく、短くする決断を迫られる時もあるということですね。

木下「待機期間については各国ともめちゃくちゃ苦慮しているのですが、米国では最初10日間と言っていたのを5日に変更し、10日目まではマスクを着けることとしました。ただ、感染症の専門家は、6日目でもウイルスの排出があるので、『本当に大丈夫なのか』と言う人は結構いました。感染リスクを減らすのか、社会インフラを回すのかトレードオフなんです。結局、米国では、スーパーの棚に物が並ばないとか、バスがなくなるとか、患者は増えているのに看護師が出勤できないとかいうことが起こりました」

デルタの時とオミクロン下の違い

――オミクロン下では待機期間が7日間まで短縮されましたが、デルタの時とはどう違うのでしょうか。

木下「やはり感染症は、『命を守る』ための施策をある程度優先してやるべきです。デルタの時は、『人が死ぬ病気』だったんです。結構高い確率で重症化しましたし、40代、50代の働き盛りの人の命が奪われました。ただ、オミクロンは風邪だとかいう極端な話は別にして、実際に重症化率は下がっています。感染者数を減らして、重症者数を減らせばゴールというのではなく、社会機能を維持できなくなるインパクトの方が大きいということも考える必要があります。待機期間を短くして、ある程度リスクを受け入れつつも社会インフラは壊さない。フレキシブルなことをやらないと社会的にうまくいかないのではないかと思います」

地域の実情に応じた待機期間が望ましい

――今後、待機期間は感染状況に応じて短縮されたり、10日に戻るとも考えられますが、どのような運用が望ましいと思われますか。

木下「感染状況が比較的落ち着いている時は、自宅待機期間10日間でも良かったと思うんです。仮に感染していてもウイルスの排出量が極めて少なく、ゼロリスク(人に感染させる危険性がほとんどない)に近いところまで管理できるからです。しかし、感染者が増えていったらそうは行きません。電車の運転手がいないとか学校の先生が出勤できなくて教員が10人から4人に減るとか、社会インフラを回すことができなくなってしまいます。その場合、一定の緩和をしていくべきです。ある程度感染者が増えたら7日間にして、本当にどうしようもなくなったら待機期間なしというように。仮に濃厚接触者が新型コロナウイルスに感染していたとしても、外に出たからといって必ず人にうつすわけではありません。ちゃんとリスク行動を回避したら、かなりリスクを減らせるはずです」

――さすがに待機期間ゼロでは感染が拡大しないでしょうか。

木下「やむにやまれず隔離期間を短くすると感染がさらに広がって、壊滅的なダメージを受ける可能性もあります。働けない人がどんどん増えていく可能性もあるので難しいところです。ただ、ずっと理想論ばかり言ってもしょうがないので、感染者がレベル1であれば10日間、レベル2なら7日間、レベル3だったら待機なしで、その代わりちゃんと気をつけて生活してくださいというような取り決めができればと思います」

――都市部と地方では事情が違いますよね。

木下「自治体が各地域の流行具合と社会インフラの逼迫度などを考慮して、この地域では濃厚接触者でもこれくらい働いていいですよということをやるべきだと思います。感染者数が増えても、人口が多い都市部では、ある程度代わりに仕事をしてくれる人がいるため、待機期間が長めでも社会インフラを回せるかもしれません。しかし、地方の人口が少ない地域ではそうはいかないでしょう。地域の実情に応じてフレキシブルに運用していく必要があります」

――米国ではどうだったのでしょうか。

木下「米国でも結構そういうことをやっていました。CDCが一定の基準を出しており、病院で働く医療従事者は、自分が感染していると分かっていても、あまりにも働ける人が少ない場合、働いてもいいということになっていました。でも、国や州が大まかな方向性を示し、各病院がベッドの回り具合とかを見て、明日以降症状がなければ検査をして仕事に来てもいいとか、きめ細やかに対応していたのです」

――最後に、濃厚接触者になったら、待機期間中、どのように過ごせばいいのでしょうか。元気な人にとっては、非常に辛い時間でもあると思うのですが。

木下「濃厚接触者になったから家から一歩も出るなという話ではないんです。感染症法上、濃厚接触者の定義はされていますが、行動の制限はあくまでお願いであり拘束力はありません。マスクを付けて感染対策をした上で生活に必要な最低限のことはやっていい。スーパーに食料を買いに行ったり、体調が悪ければ病院を受診したりしてもいいのです」

感染の広がりによって変わる自宅待機期間。個人の暮らしや社会が大きく影響を受けるので、科学的根拠に基づいた適切な運用方法が望まれます。濃厚接触者になって働けなくなった人は、休業手当が出る場合があるので、勤務先など関係機関までお問い合わせください。

<木下喬弘医師プロフィール>

2010年大阪大学卒。大阪の3次救急を担う医療機関で9年間の臨床経験を経て、2019年にフルブライト留学生としてハーバード公衆衛生大学院に入学。2020年度ハーバード公衆衛生大学院卒業賞"Gareth M. Green Award"を受賞。卒業後は米国で臨床研究に従事する傍ら、日本の公衆衛生の課題の1つであるHPVワクチンの接種率低下を克服する「みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト」や、新型コロナウイルスワクチンについて正確な情報を発信するプロジェクト「CoV-Navi(こびナビ)」を設立。公衆衛生やワクチン接種に関わる様々な啓発活動に取り組んでいる。著書に「みんなで知ろう! 新型コロナワクチンとHPVワクチンの大切な話」。

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