尻尾が切れていた猫
かりんちゃん(6歳・女の子)は、2017年1月、保護主で、いまの飼い主の北村さんに出会った。
大阪府に住む北村さんは、昼休み、気分転換しようと職場近くの公園までお弁当を持って出かけた。そこには数匹の猫がいたが、どの猫も人が来ても気にする様子はなく、ゆったりとくつろいでいた。そこはまるで猫のパラダイスのようだった。
北村さんがベンチに座ると、かりんちゃんが膝の上に乗ってきた。初対面なのにすっかり安心しきっていて、昼休みの間ずっと膝の上で座っていた。
「猫と犬を飼っていたのでにおいがしたのかもしれません。でも、とても人懐っこく、人間を恐れていないようでした」
ふと見ると、かりんちゃんの尻尾は根元3cmくらいのところで切れていた。「どうしてかな?」と思って見てみると、先端から液体がにじみ出ていた。
翌日、フードを持って行ったが、かりんちゃんも他の猫たちも口にせず、寄ってこなかった。
「後日、分かったのですが、その公園に住み着いた十数匹の猫のために、毎日えさを持ってくるボランティアさんがいたのです。えさといっても、キャットフードと水だけではなく、お刺身やゆでた肉も食べていたので、猫たちは満足しきっていたようです。どの猫も痩せてはいませんでした(笑)」
そのボランティアが来ると、猫たちはすぐに駆け寄りえさを食べたが、かりんちゃんだけは、最後にすまなそうに食べていた。
「小さくなって暮らしていたのか、尻尾がないことと関係があるのか、気になってボランティアさんに事情を聞きました」
かりんちゃんは、公園のわきの道路に駐車していた車の下で寝ていたのだが、急に車が走り出したため、尻尾がタイヤにはさまれて切れてしまったのだという。それから1週間はえさも食べに来ず、姿も見せなかったそうだ。
この小さな猫を助けたい
当時、北村さんは、8カ月前に突然庭に現れた猫のびわちゃんと、10数年前に飼育放棄された犬の楽ちゃんを保護して飼っていた。しかし、この小さな猫を助けたいと思ったという。
「尻尾の傷の手当てもしっかりしたいと思いました。それに、人懐っこい子だったので、悪意ある人からいたずらされるのではないかという心配もありました。家族と相談してうちに迎えることにしたのです」
北村さんの家族は、ペットを飼おうと思って飼ったことがない。いつも何らかの縁があって飼ったという。
「実は、今の子たちを迎えるまで、猫はあまり好きじゃなかったんです。学生時代の下宿先に猫がいたのですが、ネコノミがひどく、体中が噛まれて大変なことになり、引っ越したことがあるからです」
子どもの頃からずっと犬と暮らしてきたが、庭に現れた猫を保護して、初めて猫を飼うことになった。北村さんは、犬運は強運だと思っていたが、猫運もあるようだと思った。
先住犬の介護猫になる
かりんちゃんたちの世話をしていたボランティアに、かりんちゃんを迎えたいと伝え、承諾を得て、友人と一緒にかりんちゃんを保護した。先住猫のびわちゃんは、最初の1日、2日は威嚇していたが、少しずつ慣れ、まるで本当の姉妹のように仲良く一緒に行動するようになった。犬の楽ちゃんはとてもおとなしく、猫たちがそばに来ても優しく接してくれた。いつも一緒に昼寝をしているという。
びわちゃんは、庭のビワの木の下に、ある日、ひょっこり現れたのでびわちゃんという名前にした。ビワは葉も果実も人の役に立つという意味もある。同じく人の役に立つ果実の名前にしようと、北村さんのお母さんは喉が弱かったこともあり、喉にいい果実「かりん」と命名したそうだ。
かりんちゃんは穏やかな猫で、甘えん坊。犬の楽ちゃんをお母さんのように慕っていて、一緒に眠る。相棒のびわちゃんとはよくプロレスごっこや追いかけっこをして過ごしている。
4年後、楽ちゃんの介護が必要になった時、かりんちゃんはいつも寄り添うようになり、介護猫になった。楽ちゃんの体調が悪いとすぐにかけつけてそばに寄り添い、元気になると離れる。楽ちゃんの体調を一番知っているのはかりんちゃんだ。
家族にとって、なくてはならない存在に
かりんちゃんを保護した頃、北村さんは仕事上の人間関係で珍しく悩んでいた。
「私はオープンな性格で、そんなことはあまりなかったので、なおさら悩みました。でも、かりんを引き取って、3匹が仲良くしているのを見て、悩んでいるのが無駄に思えてきたんです。この子たちは、お互いを思いやっている。立場で差別なんてしない。それからなんだか視界が開けた気がしました。猫があまり好きではなかったけれど、家族に迎えるととてもかわいく愛おしくなりました」
かりんちゃんを迎えてから、北村さんのお母さんは、以前から患っていた心臓の手術をしたが、驚くほど早く回復した。「この子たちのため」、と張り合いができたようだった。
かりんちゃんは、不幸な生い立ちにも関わらず、今や家族を癒す、なくてはならない存在になったという。
「この子たちを救いたいと保護して、一緒に暮らしてきましたが、家族に寄り添い、いつも見守ってくれているのは、この3匹。そして今、私が生きる糧になりました」