なぜ20代女性に原田治展が人気だったのか? SNSで広まった「かわいい」がクリティカルヒット

藤原 玉美 藤原 玉美

 7月3日から8月29日まで神戸ファッション美術館(神戸市)で開催された「特別展 原田治展『「かわいい』の発見」が盛況のうちに会期を終えた。原田治さんといえば「OSAMU GOODS」の生みの親。彼のイラストレーターとしての全貌に迫るという内容で、70年代から90年代に学生時代を過ごし、リアルタイムで彼の絵を体感していた世代が駆けつけ、胸を熱くし、語り合うものだと思っていた。しかし、学芸部長の亀山正芳さんによると「来館者の7割が20代の女性だった」とのこと。そこで、今の若い女性たちにどこが「かわいい」と響いていたのか、会期終了後展覧会の内容とともに振り返ってみた。

 「特別展 原田治展『「かわいい』の発見」は、初日から多くの人が訪れ、密を避けるため入場制限を設けて整理券を発行するほどの集客となった。

 筆者が8月中旬に訪ねてみたところ、その日の9割が20代前後の女性。10数人に話を聞くと、皆口をそろえて「Instagramを見て来た」と答え、SNSの力を改めて知った思いだった。確かにInstagramで「#原田治展」と検索してみると写真が約2万点(9月8日現在)アップされている。自らも一緒に収まる写真も目に付き、「映え写真が撮れるスポット」として捉えられたことが集客に繋がっていたのかもしれない。

 さて、展示会に戻ろう。原田さんは、雑誌や広告、出版、各種グッズなど多分野で活躍。特にミスタードーナツのプレミアム(景品)は女子中学生だけでなく幅広い世代に人気を博した。今回の展覧会では、そんな彼の軌跡を「History」「Works」「Joy」「Dusty Miller」と大きく4つのゾーンに分けて紹介されていた。

 最初の「History」では彼のアメリカンテイストあふれるイラストがいかに生まれたか、その背景を知ることができた。原田さんは戦後1年の1946年東京・築地生まれ。アメリカに対する憧れが強い時代に、実家は輸入食料品の卸売店を営んでいた。

 幼少期、国内外で有名だった抽象画家の川端実に絵を学び、高校時代はアメリカ雑貨店に通うなどアメリカンカルチャーにずっと触れてきた。「外国っぽいところがいい」(22歳、社会人2人組)と彼女たちが感じた理由はこうした環境や経験がベースとなっていた。 

 原田さんは1970年にイラストレーターとしてデビュー。雑誌「平凡パンチ」や「an・an」の表紙や紙面を担当する。その中の旅特集で描かれたイラストには大阪、京都、神戸の街並みを描いたものもあり、今も残る通りや店の名前を見つけて楽しむ方々も多く見られた。

 デビュー後は様々な需要に応えられるようにと日本画のようなものから色鉛筆で描かれた絵など5年間で10種類の描写スタイルを編み出した原田さん。驚いたことに、若い女性たちから一番印象深く残ったコーナーとして挙げられていたのは実はここだった。

「おばあちゃんの絵が一番印象に残った(22歳、大学生)」
「緑色で影を描いているところがかっこいい」(22歳、大学生)
「10種類のイラストと私たちが知るあのイラストが、どうやって繋がったのだろうと不思議に思った」(21歳、大学生)

 ポップな作品を目当てに訪れた彼女たちにとって落ち着いたタッチのイラストは想像以上に響いたようだ。

 広告のコーナーには今も使われている作品が見受けられ、原田さんの作品は30~40年経っても存在感を放っていた。特に代表的なのがカルビー「ポテトチップス」などに描かれている通称「ポテトぼうや」。ポテトチップスは1975年に発売され、翌年1976年に登場したイラストは今も生き生きとしている。ちなみに「ポテトチップス」は各会場の学芸員さんが調達して展示するそうで、神戸会場では関西にちなんだ関西だししょうゆ味が展示されていた。

 OSAMU GOODSのキャラクターのベースになったベティという女の子は笑顔ではなく、泣き顔が描かれている。当時女の子の泣き顔をイラストにする人はいない中、原田さんはかわいいと思ったそう。そんなところにも彼の「かわいい」に対する考え方が見て取れた。

 最後にあるコレクターが集めたOSAMU GOODS約150点が一堂に展示されているコーナーは撮影スポットとして1番人気で、幅広い世代が笑顔で撮影する姿が見られた。OSAMU GOODSが今までどれぐらいの数が世に出たか数えた方によると、誕生して約30年目の時点で1万種類だったそうで、その数は今も増え続けているという。

 たまたま出会った数少ないアラフィフ世代の女性に聞くと「ポップな色使いや配色は今見ても新しく参考になります。今昭和レトロが流行っている中で『かわいい』の原点はここではないかと感じました。私世代には懐かしいけど、若い人には新しく映るのでしょうね」(51歳、デザイン関係)と答えてくれた。

 展示だけでなくグッズの人気も高く、売り場には並ぶ人も見られた。グッズを買った人はほぼイラストがプリントされたLPバッグ(税込330円)を購入し、それにグッズを入れてもらって帰っており、電車や街中でもかわいらしい原田さんのイラストは目を引いた。

 最初から最後まで若い女性に囲まれて鑑賞をした原田治展。あらためて広報部長の西山桂子さんに若い人に人気の理由を聞くと、「原田さんが70年代に生み出された一つの『かわいい』という感覚が普遍的なものになっているのだと思う。だから今見ても色あせておらず、今の若い方が見ても同じようにかわいいと感じてもらえるのでは」と分析していた。

 話を聞いた若い女性たちも導入部分はSNSだったかもしれないが、実物を目にしたことでいろいろな「かわいい」があることを体感し、原田治という人と作品にあらためて魅了されているように感じた。

 原田さんは「意見の一致などより、お互いが美術を同じように愛している事実に気付くことが、実は楽しいのです。」(みすず書房『ぼくの美術帖』より)と記している。人が感じる「かわいい」はそれぞれだが、世代を超え、一緒になって楽しめる世界を作り上げてくれた原田さんにお礼を言いたい気持ちになった。

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