神戸発 80's音楽シーンを沸かせた「伝説のロックンロールバンド」 当時の音源を配信リリース

中将 タカノリ 中将 タカノリ

甘くポップなコーラスワークとエンターテイメント感あふれる激しいステージング…。

昨年末、ロックンロールファンの間で“伝説”となっているバンドが2作のアルバムを配信リリースした。

彼らの名はザ・シーサイドブレイカーズ横浜銀蝿シャネルズ(後のラッツ&スター)らが台頭し日本に空前絶後のロックンロールブームが吹き荒れていた1981年に神戸で結成され、「Lmagazine」(京阪神エルマガジン社)の人気バンド投票でトップ10にランクインするなど人気を誇ったが、1986年に惜しまれつつ活動を停止した。

今回配信リリースされたのは2005年にメモリアル盤としてレコーディングされたオリジナル楽曲集「WINDING ROAD2005 ~Gold Collection Vol.1~」と、1980年代当時のライブ音源、スタジオ音源を中心に収録した「GOLD COLLECTION Vol.2」。ロックンロールブーム当時の熱気を伝える貴重な音源として話題になっているようだ。

オリジナルメンバーの榊原隆司さん(Vo)、安居和弘さん(Gt)、近住幸博さん(Ba)、辻井章宏さん(Dr)らにお話をうかがった。

中将タカノリ:みなさんが知り合われた経緯をお聞かせください。

安居:みんな水道筋(神戸市灘区)の幼なじみなんです。1970年代半ば…高校時代からバンドの原型はあって、この4人で「ニュートーン」という名前でキャロルのカバーをしていました。

中将:ニュートーン時代はどんな活動をされていたのでしょうか?

安居:ライブは三宮センタープラザの地下にあった「THUNDER HOUSE」が多かったですね。コンテストにも積極的に参加していて、ヤマハ主催の「ポプコン兵庫県大会」なんかに出ていました。

辻井:僕は「ハローヤングポップス」(朝日放送)っていう番組に出たのが印象に残ってます。その日のゲストは内田裕也さん。短い出演時間だったけどできるだけ目立ってやろうとロックンロールメドレーみたいにしてね(笑)。

近住:当時はメンバー同士で誘い合って人のライブにもいろいろ顔を出してましたね。ファニーカンパニーのライブを観に行ったのがきっかけで、桑名正博さんにはよく可愛がってもらいました。「君らもバンドやってるんやったうちで練習しいや」と声をかけられて、帝塚山にあったお宅に通うようになったんです。真夜中にボリューム全開で演奏するから苦情が来たりしてね(笑)。桑名さんのお宅にはリンド&リンダースの加賀テツヤさん、有吉ジュンさんなんかもしょっちゅう来ていて、まだ子供だった僕たちにとっては「ザ・芸能界」って感じでした。

中将:ニュートーンからシーサイドブレイカーズになったきっかけをお聞かせください。

榊原:シーサイドになったきっかけは月賦の返済でした。東門街のクインビーっていうちょっとエッチなお店のハコバンに決まって、張り切って楽器やアンプを買ったんだけど事情があってポシャってしまった。残ったのは月賦だけ。それを返済してゆくために心機一転、バンドのメンバーを増やそうと(笑)。

安居:そんなこともたしかにあったけど…(笑)ちょうどその時期、僕たちの中でシャ・ナ・ナから受ける影響が大きくなってきていました。ロックンロールとドゥーワップの半々みたいなスタイルを実現するためにメンバーを増やして、結果的にボーカル4人、楽器4人という編成のシーサイドブレイカーズになったんです。

中将:2つの説があるんですね(笑)。

シーサイドには神戸のライブハウス「チキンジョージ」での延べ観客動員数が歴代1位という記録があります。チキンジョージ開店が1980年の9月、正式なシーサイド結成が1981年の3月ということで非常に近い時期ですが、いつからのご縁でしょうか?

安居:元から知り合いとかではなかったのですが、開店すぐ、僕たちがまだニュートーンだった時期に審査用のテープを送った記憶があります。1981年からはもう毎月出演してましたね。オーナーの児島進さんが僕たちのことをとても応援してくれて、遠征にもしょっちゅう付いてきてくれた。お父さんが経営してるキャバレーでも演奏したりね。40年経った今でもいい友達です。

近住:チキンジョージがホームグラウンドでしたね。今回リリースされた「GOLD COLLECTION Vol.2」にライブ音源が収録されてるけど、ファンも友達も集まっていつもいい雰囲気でライブできました。チキンジョージで月1、大阪キタの「コットン100%」で月1のレギュラーで、他にも大阪の「バラード」「バーボンハウス」、京都の「BIG・BANG」、東京の「クロコダイル」「新宿ルイード」とかいろんなライブハウスに出演しました。

辻井:ルイードでは爆風スランプやMOON DOGSと一緒になったことがありましたね。本当なら出番ごとにドラムを入れ替えなくちゃいけないんだけど、ファンキー末吉さんが「大変だから僕のをそのまま使ってください」って言ってくれたのを覚えてます。あの人は大学が神戸だったらしく、喋っていて親近感がわきました。

中将:「渚の恋」や「今夜は最高」など80年代当時のスタジオ音源をレコーディングされた経緯をお聞かせください。

安居:ほとんどは「千里音楽祭」とかヤマハのコンテストで入選した特典ですね。

榊原:それまでテレビや映画でしか見ることの無かった本格的なレコーディングスタジオで興奮しましたね。無駄にトークバックを使って「そこは違う!」なんて言い合ったり(笑)。

中将:1982年の「Lmagazine」で企画された関西のバンド人気投票でシーサイドがトップ10にランクインしていました。

安居:投票期間は3カ月くらいあったと思うんですが、一時は上田正樹さんや憂歌団を抜いて1位になって驚きました。自分達でも多少ハガキを書いた記憶もあるけど(笑)。あれで注目してくれた音楽ファンは相当多かったようです。

中将:順調に活動されていたシーサイドですが、1986年1月にチキンジョージ開催された「3days LIVE」を区切りに活動休止してしまいます。

安居:当時、ドラマーだった吉岡英幸が大学を卒業して就職することになったんです。他のメンバーも家業の都合で脱退したり、結婚を控えていたり、これまでのような活動をすることが少しずつ難しくなってきていました。強いメジャー志向が無かったので自然の成り行きだったのかもしれません。

でも解散ではなくあくまで休止。1990年代半ばくらいからその時都合のつくメンバーだけ集まって、また時々ライブするようになりました。結成からもう40年。昔にくらべると多少くたびれていますが、これからも若いミュージシャン達と一緒に神戸や関西の音楽シーンを盛り上げていきたいと思っています。

   ◇   ◇

現在、シーサイドブレイカーズは神戸を中心に年数回のライブを開催。東京からロックンロール系のミュージシャンがやって来る時は、地元のホストバンドのような立ち位置でイベントの盛り上げに努めている。

7月18日には元シャネルズの山崎廣明さんがプロデュースするグループ「オシャレルズ」を迎えチキンジョージで40周年記念ライブを開催する予定だ。80年代のロックンロールブームの熱気をそのまま現代に伝え走り続けるシーサイドブレイカーズ。今後も末永い活動を期待したい。

   ◇   ◇

▽「WINDING ROAD2005 ~Gold Collection Vol.1~」
2005年にメモリアル盤としてレコーディングされたオリジナル楽曲集

▽「GOLD COLLECTION Vol.2」
1980年代当時のライブ音源、スタジオ音源を中心に収録

共にiTunes、Apple Music、Spotify、LINE MUSIC、レコチョク等音楽配信サービスでダウンロード、サブスクリプション配信中
   ◇   ◇

▽ザ・シーサイドブレイカーズ40周年記念ライブ「Twist & GoGo Party Vol.10」

日時:2021年7月18日(日) 開場17:00/開演18:00
会場:神戸チキンジョージ http://www.chicekn-george.co.jp
料金:前売 ¥4000/当日 ¥4500(ドリンク代 ¥500別途要) 自由席整列順入場
出演:シーサイドブレイカーズ、オシャレルズ、MC:NG ケーン
※ 出演者は都合により変更になる場合がございます。予めご了承ください。

チケット発売:チキンジョージメール予約 webmaster@chicken-george.co.jp
ご予約の際、・ご予約日・お名前・人数をお伝えください。

■ お問い合わせ/チキンジョージ TEL.078-332-0146

● 政府・各自治体より要請があった場合は開催時間を急遽変更する場合があります。その際は、チキンジョージ公式サイトにてご案内いたしたします。
● チキンジョージの新型コロナウィルス感染予防対策については公式サイトでご確認ください。
http://www.chicken-george.co.jp/#alert-SARS-CoV2

おすすめニュース

新着ニュース