自作の「木造自動車」が公道を走るまで 驚きの見た目ですが、ちゃんと合法!登録には紆余曲折ありました

小嶋 あきら 小嶋 あきら

 木のパネルでできた箱が道路を走っている。そんな不思議な光景に、出会った人はたいてい驚くのではないでしょうか。自作のクルマを登録して公道を走らせている、そんなおもしろい方にちょっとお話を聞いてみました。

始まりはごく実用的な理由からでした

 そのクルマを初めて見たとき、筆者はむかしテレビで放映していた「びっくり日本新記録」という番組を思い出してしまいました。船とかそりとか飛行機とか、思い思いの独自すぎる工夫を凝らした自作の乗り物でレースをしたりするバラエティでした。全体的におちゃらけ度高めでしたが、その飛行機部門はいまの「鳥人間コンテスト」に繋がっているのですから侮れません。

 そう、この木造自動車も、決して面白さを狙ったわけではなく、製作者の田村敦夫さんによると、元々はものすごく実用的な動機から製作がスタートしたのだそうです。

 「雨の日の通勤用なんです。会社まで濡れないで行きたいなあ、と」

 ごく当たり前の欲求ですが、そういう時たいていの人は軽自動車を買うとか、あるいはちょっと変わった人はホンダのジャイロキャノピーのような屋根付きの原付バイクを買うとかしますよね。でもそこで「よし、作ってみよう」と考える辺りが田村さんという人だったのです。

CADで綿密に設計 構造や強度もしっかり計算

 このクルマ、よく見るとかなりしっかりと作られています。まずボディ全体の構造は、床の左右の梁と天井部分でしっかりと構成されています。バイクのフレームで言う「セミダブルクレードル」のような形です。

 そしてそのフレームに取り付けられた(この車体にしては)巨大なドア。斜め上に跳ね上げるように開くのですが、これも「雨の日に乗り込むとき、このドアで雨を除けながら傘が畳めるように」と考えてこの形になったのだそうです。また、ドアが勝手に落ちてこないようにしっかりとダンパーも装備されています。さらにそのドアに設けられたアクリル製の窓。これが実に複雑な面で構成されてます。

「これはもう、CADのおかげです。CADがなければ無理でした」

 実はこのボディ、窓以外も全てCADで綿密に設計されていて、構造や強度も含めてしっかりと計算されているのだそうです。また、この窓を複雑な面にしたのは、決して見た目のためではなく、頭の部分を膨らませることで後方視界を確保したかったから、という理由があってのこと。見れば見るほど理詰めで考えられたスタイルなのですね。

 さらにこのクルマ、製作と並行して記録や図面も実に丹念に残されています。機構部分の設計図や強度計算の計算式なども抜かりなく、非常に分厚いファイルにまとめられています。やはり田村さん、ただものではありません。

 エンジンは中国製の50ccで、バイク用のマニュアルミッションが付いています。そう、このクルマはオートマではなくマニュアルミッションなのです。具体的な操作方法は、運転席左側のバーに着いているレバーがクラッチで、これを握って手前に引くと一速。右足でアクセルを吹かしながらレバーを緩めて発進、またレバーを握ってバーを前に倒して二速、三速……、と切り替えていくのです。いわゆるシーケンシャルタイプのシフトパターンですね。そして、ブレーキは左足です。

 あと、この手のミニカーにしては珍しく、ステアリングはラック式でロックトゥロックがおよそ3、つまり「ぐるぐる回すハンドル」なんですね。

手でクラッチ、左足でブレーキ…独特すぎる操作方法

 田村さんのご厚意で、少し試乗させていただくことになりました。シフトレバーを避けてコックピットに潜り込みます。結構タイトですが、サイドの窓の大きさのせいかそれほど窮屈な感じはしません。ただしこの窓は開きません。

 二点式のシートベルトを締めて、いよいよ発進です。一速にギヤを入れて、木のアクセルペダルを踏みながらクラッチを繋ぎます。一速のギヤは低くてエンストする感じはありませんが、すぐにエンジンが「ぎゃががががっ」とものすごいうなりを上げます。これはいかん、シフトアップ、と同時にブレーキが掛かって急停車しました。そう、つい反射的に左足クラッチ、つまりブレーキを踏んでしまったのです。そうかそうかクラッチは左手、と身体に言い聞かせながら再発進します。二速、三速……。時速25キロ、車内はものすごいエンジン音に包まれています。そういえば田村さんはヘッドホン型の耳栓をされてました。そっか、そういうことなんですね。

 道路の左端をこわごわ走っていると、右に軽トラックが来ました。さっさと抜いてくれればいいのに、横に並んでいます。見ると運転していたおじさん、こっちを不思議そうにガン見しています。でもその視線は「なんだこいつ」ではなく「なんかおもしろいのがいる」という興味津々な、あたたかい感じでした。

 公道デビューから1年半あまり。これまでになんと自走で兵庫県神戸市の須磨から京都まで往復されたこともあるそうです。それはきっと大冒険だったことでしょう。ほんの500メートルほど走っただけですが、それがもう痛いほど理解できてしまいました。

市役所?警察?陸運局? 最初はたらい回しに

 このクルマ、神戸市役所で正式にミニカー登録されて、自賠責保険にもきちんと加入されてますので、こう見えて(?)完全に合法です。平成31年の春に完成し、神戸市役所に「自動車を作ったんですが登録できますか?」と聞きにいくと「それはうちじゃなくて警察に」。で警察に聞くと市役所と言われ、また市役所に聞くと「いやそれは陸運局に」。陸運局でもミニカーは市役所と言われて、また市役所に行くと、ついに観念したのか(笑)「ちょっと検討させてください」となったそうです。

 そう、50cc以下のミニカー登録は市役所の管轄です。ただし市役所は道路運送車両法だとか保安基準(その内容はPDFで何百ページにも及びます)だとかの専門知識を持ってませんので、クルマの安全性に関わる部分はあくまで製作者の申告、自己責任です。それでも灯火類とかメーターとか外観や仕様、寸法、諸元などのかなり分厚い書類を用意して、半年がかりで登録できたのだそうです。

 「神戸市では、こういう事例はこれが最初だったみたいです」

 うんうん、なかなかそういう事する人、いないでしょうね。

  実はこのクルマ、もともと雨の日用に作ったのに、ワイパーがないので雨の日は前が見えなくて乗れません。

「雨をはじくスプレーで何とかなると思ってましたが、甘かったです。でも、まだまだ進化してる途中ですから」

 田村さんの木造自動車、この先の進化がとても楽しみです。

(注)法規の改正で、現在の基準ではフロントフェンダーと三点式シートベルトが必要ですが、このクルマが登録されたのは改正前の2019(令和元)年10月1日でした。

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