「自動車のハンドルの形は丸い」のはどうして? ハンドルが丸じゃなくなる日が来るかも

小嶋 あきら 小嶋 あきら

 一般的に自動車を運転することを「ハンドルを握る」と表現することがありますね。「アクセル」を踏む、ではなくて「ハンドル」。そう、それだけ自動車とは切っても切れない装置です。でもなぜ、ハンドルはあの形なのでしょうか?

なんでハンドルってあの形なんでしょうかね?

 むかし筆者が外部ライターとして関わっていた会社の社長さんに、飲み会の席で「ところで自動車のハンドルってなんであんな形してるんですかね?」と聞かれたことがあります。ゲームやインタラクティブの開発をする会社の、若くて優秀な社長さんです。

「スイッチとかジョイスティックにした方が扱いやすくないでしょうかね」

「うーん、もともとハンドルが重かった時代の名残じゃないでしょうか」

「えっ、ハンドルが重い。……その発想はありませんでした」

 いまの国産車にはほぼ全てパワステ、そうパワーステアリングが装備されています。油圧や電動で、ハンドルを回す力をアシストする装置ですね。

 パワーステアリングが最初に開発されたのは1950年代のアメリカ、そして国産で最初に採用されたのは1965年の日産プレジデントと言われています。この頃の日産というとプリンス自動車を吸収したり、国産初の御料車の開発を始めたりした頃です。勢いがあったのでしょうね。

 それより以前、パワーステアリングがなかった時代、特に大型車は大変だったと聞きます。据え切り状態からの切り始めなど、あの大きなハンドルを力一杯回してもなかなかタイヤが動かなかったとか。当時のトラックは、文字通り助手席に助手が乗っていることが多かったそうですが、この「なかなか動かないタイヤを直接蹴っ飛ばして、切り始めの手伝いをする」というのも助手の仕事のうちの一つだったそうです。

 大型車のハンドルの径が大きいのは、もともとはこういう理由があったからなのでしょうね。とにかく重たい分、径を大きくして「てこの原理」で力強く回すためですね。反対に、車重が軽くてクイックな操作が求められるレーシングカーなどは小径のハンドルでした。

大昔、最初の頃のクルマのハンドルは丸くなかった

 ガソリン自動車の第一号は、メルセデス・ベンツのパテント・モトール・ヴァーゲンだとされています。このクルマはまだ馬車のような形をしていて、前輪が一輪の三輪車でした。ボディと呼べるようなものが特になくて、車重が非常に軽かったうえに、エンジンは後輪の間のやや後ろ寄りにありましたから、おそらく前輪にかかっている荷重はとても少なかったはずです。さらにその前輪自体もものすごく細いタイヤを履いてましたし、いまの自動車のようにステアリングの軸が寝ていない(キャスター角がない)ということもあって、ハンドルを切るのに必要な力がとても少なかったのです。なので、そのハンドルは円形ではなくて、小さなクランクでした。

 また、ハンドルというと「ぐるぐる回すもの」というイメージがあります。ハンドルを右か左のどちらかにいっぱいまで切ったところから、反対側のいっぱいまで切ったときに何回転するかを「ロック・トゥ・ロック」と言います。この回転の回数が小さいほどクイックなわけで、たとえば普通の乗用車だと4回転弱、スポーティなクルマだと3回転弱とか2.5回転くらいになるかと思うのですが、パテント・モトール・ヴァーゲンの場合「3/2回転くらい」なので、もはや「回す」という感じですらないですね。

 パテント・モトール・ヴァーゲンが作られたのは1886年ですが、それ以前の蒸気自動車の時代にはクランクですらなく、ただの棒のようなハンドルもあったようです。ちょうど船外機ボートの舵取り棒を前後逆さまにしてフロントに取り付けたような形ですね。それがその後15年ほど、1900年頃には今のような丸いハンドルが現れたという記録があるようです。やはり速度が上がると棒やクランクでは運転しにくくてダメだったんでしょうね。

近頃はちょっとだけ丸くないやつも

 ここ百年あまりの自動車の歴史で、ハンドルはほぼずっと丸い形でした。基本的に人力でぐるぐる回す関係上、やはり角があると掴む場所が一定しないので具合が悪かったのでしょう。あと、パワーステアリングが普及する以前はハンドルのキックバックの問題もありました。前輪が石や段差にヒットしたときに、逆にハンドルに力が伝わって回ってしまうやつです。もし四角や三角といった角のあるものが突然目の前で激しく回転したらとてもこわいですからね。とりあえず丸ければ、外側から持ってる分にはわりと大丈夫ですから。

 ただ、近頃のF1などは丸くない、なんとなくゲーム機のコントローラーのようなハンドルになってますね。普通に街を走るクルマのように「ぐるぐる回す」というシチュエーションがなければ、別にハンドルは丸くなくてもいいということなのでしょう。

 また乗用車でも、円形の基本は押さえつつ下の部分がちょっと直線になった、Dというかダイエーのマークみたいな形のものもありますが、あれはハンドルの位置を下げたときでもドライバーの足が干渉しない、また乗り降りもしやすいというメリットがあるらしいです。ただしやっぱり「やや回しにくい」という意見もあるようで、どちらかというとあまりぐるぐる回さない、ハンドルがクイックなスポーツタイプのクルマ向けのようですね。

 クルマの進歩の方向がなんとなく自動運転に向かいつつあるいまの流れの中で、人が関与する部分、特に「ぐるぐる回す」とかそういう操作はこの先だんだんなくなりそうな気がします。ハンドルが丸じゃなくなる日、いやハンドルそのものが姿を消す日ももうそう遠くないのかも知れません。

おすすめニュース

気になるキーワード

新着ニュース