タレントで、パワーリフティング元日本代表・なべやかんは50歳になった節目の年に、プロレスラーとして初のチャンピオンベルトを腰に巻いた。
パワーリフティングでは全日本選手権を3度制し、国際大会でも上位に入った実力者。肉体美を競うコンテスト「ベストボディ・ジャパン」で司会を務めていた縁から、同協会が立ち上げたプロレス団体「ベストボディ・ジャパンプロレスリング（BBJ）」への参加を打診された。
「最初は『できるわけない』と無視してたんですが、『エンタメでにぎわしてくれたら』ということで『分かりました』と入ったら、それは違っていた。(プロレス団体)DDTの道場で、毎週2回、プロレスラーと一緒に練習する日々。不安でしたよ。僕は全日本プロレスで、三沢光晴さんらがやめる直前くらいに番組の司会とかやらせてもらっていて、現場でプロレスの大変さも分かっていたので、とてもとても…と」
2018年8月のBBJ旗揚げ戦でプロレスデビュー。それから2年3カ月。同団体で18試合、四国初のプロレス団体「愛媛プロレス」にも今年参戦して計20試合ほどをこなした。今年11月に都内で開催されたBBJの年内最終戦ではゴージャス松野、島谷常寛と組んで6人タッグマッチに出場。DDT出身の女子レスラー・チェリーや大阪プロレスで活躍した覆面レスラー・政宗らの猛攻に悶絶しながらも全身全霊でリングを駆ける姿に観客席から声援が飛んだ。
「いまだに怖いですよ。舞台でネタやるのとはまた違った緊張感がある」。パワーリフティングは記録で競う競技だが、プロレスは記憶に残る肉体表現が不可欠となる。「それを意識するときついですね。スタミナもいりますし」。小柄がトレードマークだが、身長は公称の156センチからさらに縮んだという。
「パワーリフティングで200キロ以上のバーベルを担いでいたので3センチ縮んだんですよ。膝の軟骨とかすり減って。今、153センチです。現役の成人男子レスラーではたぶん日本一小柄だと思います。また、プロレスやると、今度は首が4センチ太くなった」
今年8月の興行で同団体の無差別級王座を獲得後、50歳になった。「あの時」の父・なべおさみと同年代になったことを実感する。1991年の明大替え玉受験騒動で謝罪会見し、謹慎した当時51、52歳だった父を想う。
「言葉で世間からの攻撃を受けた父と同じ50になった自分はリングで肉体的な攻撃を受けていて、どっちがきついんだろうと思いますね。ほぼ同じ年になってみて、あの時の父親が50代からプロレスやるなんて思えないですからね」
来年は「あれから30年」の節目。「プロレスは3年目だから、まだ10分の1です。不祥事から芸能界デビューして、親の七光りだ、二世タレントだ…と、30年間、言われ続けているわけですから。ネットを開けば僕の悪口が98％くらいで、いいこと書いてるのは2%くらいだと思うんですけど、芸人はそれを笑いに昇華できないとダメですから。プロレスも痛めつけられて逆転できるかどうかです」
父は息子がプロレスを始めたことには「何も言わないですね」という。「父は（水原弘さんらの）付き人時代にリキマンションで力道山さんから声をかけられたこともあったらしい。アントニオ猪木さんとも交流がある。でも、何も言いません。家が近いので、僕の試合がある時とか、父が仕事の時とか、お互いに犬を預けたりしている」。多くは語らず、いい関係を続ける。
「舞台は正面だけですが、リングは四方から見られるという事が、お笑いの本業でもいきますからね」。本業の芸人でも肥やしになっているという。そして、今後もプロレスを続ける。「引退」を掲げて。
「強くなりたいですね。『引退』が目標です。それはネガティブな意味ではなくて、プロレスラーに本当に認められるようになれば辞められる…ということです。そこまで行かずに辞めたら、中途半端なので。もちろん厳しいですよ。体痛いし。ファイトマネーもタレントのギャラに比べたら安いんですよ。体のメンテナンスに行くと、足が出ちゃうという。それでもやるのはコーチ陣が真剣に教えてくれるので、真剣に返さないと失礼じゃないですか。プロレスでご飯を食べている人と戦って失礼があっちゃいけない」
周囲を納得させる「引退」の日まで、50代を駆ける。
◆なべやかん 1970年8月22日生まれ、東京都出身。父の縁から故・由利徹さんの付き人を経て、たけし軍団に加入。芸名は放送作家・高田文夫氏に命名される。2014年に結婚。パワーリフティングでは01年、02年、04年と全日本選手権で優勝し、世界選手権では98年と99年にベンチプレス種目で準優勝するなど数多くの実績を残した。
