絶滅危惧種の55%は植物ってホント? 調査員自体が絶滅危惧? …知られざる植物の危機を専門家に聞いた

浅井 佳穂 浅井 佳穂

 「日本の絶滅危惧種の半分以上は植物」「危惧種の植物を調べる人自体が絶滅危惧」―。こんなショッキングなデータを記した本が今年出版されました。日本の絶滅危惧植物を取り巻く環境はどうなっているのか、この本の著者で2人の植物の専門家に聞きました。

 本は「日本の絶滅危惧植物図鑑」で、記したのは京都府立植物園(京都市)元園長の長澤淳一さん(63)と、京都大教授の瀬戸口浩彰さん(58)です。多くの危機にひんした植物が育てられている同園の絶滅危惧植物保全温室の前で、同園の平塚健一技術課長(52)を交えて話を聞きました。

 -瀬戸口さんは「日本の絶滅危惧種の半分以上は植物」と書いておられます。これはどういうことですか。

 瀬戸口さん 「絶滅危惧種というと、世間では動物のイメージが強いようです。実際は環境省のレッドリストに記載された絶滅危惧種3676種(2019年版)のうち、55%にあたる2027種が植物です。しかし、この実態は全然知られていません」

 「動物に偏っているのは、環境省の政策でも同じです。世界自然遺産の小笠原諸島(東京都)にはオガサワラハンミョウという昆虫がいます。この昆虫を守るために国の予算が投じられています。一方で、小笠原諸島には多くの絶滅危惧種の植物があります。植物を守ることにはお金をかけておらず、環境省は責任を果たしていないと言わざるを得ません」

 長澤さん 「日本で一般的に植物と認識されている『維管束植物』のうち、実に4分の1ほどが国や都道府県の何らかの指定を受け、絶滅の恐れがあるとされています」

調べる人自体が絶滅危惧

 -本の中では「絶滅危惧種を調べる人自体が絶滅危惧」という気になる記述もあります。

 瀬戸口さん 「絶滅危惧種は国際的な基準で個体数の減少などを調べることになっています。『10年以上』や『3世代以上』にわたって個体数を継続観察しなければなりません。植物の場合、その評価は野生植物に詳しい『植物研究会』や『植物同好会』といった団体に属する民間の方に委託されています。しかし、そうした団体の多くが高齢化に悩んでいます」

 長澤さん 「植物のことをよく知っておられるのはお年寄りの場合が多いです。このままではやがて調べるすべがなくなり、『知らない間に絶滅していた』という植物が出てきかねません」

 瀬戸口さん 「よく『好き』の反対は『嫌い』ではなく『無関心』だと言いますよね。野生植物でもやはり無関心であることが一番怖いです。心ある人に感心を持ってもらいたい、そうした思いも本書に込めました」

多様性はなぜ必要?

 -本の中では、「多様性はなぜ必要なのか」という、そもそもの問いに答えています。

 瀬戸口さん 「ある新聞に『インドネシアでアカシアの木を植えたが、病気でほとんど病気で枯れた。しかし、くじけることなく植林を続けている』という大手商社の広告が載りました。単一の種の木を植えて失敗したことスルーしている。この広告は多様性のない生態系は病気に対して、もろいという事実を語っています」

 -アイルランドのジャガイモ飢饉(ききん)についても触れています。

 瀬戸口さん 「日本が江戸時代の末ごろ、アイルランドでジャガイモの病気が流行し一斉に枯れました。多数のアイルランドの農民が餓死し、米国などへの移民も増えました。飢饉はやはり一つの品種のジャガイモを栽培していたことによるものです。単一や少数の種類で構成された植物生態系は病気に弱いのです」

 -先ほど、環境省が絶滅危惧種の植物保全に対してお金をかけていないというお話がありました。では実態としてどこが、保全に取り組んでいるんでしょうか。

 瀬戸口さん 「われわれのような大学やこの府立植物園のような植物園が取り組んでいます」

 -府立植物園の取り組みを教えてください。

 平塚さん 「絶滅危惧植物保全温室は2015年に造られました。150平方メートルの広さで約300種を育てています」

 -本では西日本の植物を中心に112種取り上げていますが、中でも対馬(長崎県)に関して手厚く取り上げています。

 長澤さん 「対馬は約10万年前まで大陸と地続きでした。多くの動植物が対馬を通って日本に移動したと言われます。対馬には、朝鮮半島や大陸に見られる種、固有種もあります。日本産植物の起源を知る上で重要な地域であると考えられています」

 平塚さん 「植物園は、2015年の栽培温室の完成時に長崎県対馬市と協定を結び対馬の絶滅危惧種十数種を育てています」

 瀬戸口さん 「この温室には対馬や奄美(鹿児島県)など日本各地の植物が避難してきているわけです。持続可能な開発目標(SDGs)でも『陸上生態系の保護』が掲げられています。新しい時代の試みをみんなで正しく共有せねばなりません。今回出版した本が、絶滅危惧種保護の大切さを共有することに役立てばいいと思っています」

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 「日本の絶滅危惧植物図鑑」は創元社刊。A5判、240ページ。1980円。

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