新型コロナウイルスの感染防止を目的に、日本の企業は出張を中止するどころか出勤も控えてテレワークに切り替える動きが広がっている。国内の自動車8社すべて需要の後退を受けた生産調整を実施するなど、経済活動の停滞は顕著だ。2月半ばには2万4000円近辺で推移していた日経平均株価も、およそ1カ月半で25%下落した計算だ。さらに足元では感染の拡大が止まらず、特に感染者が増えている東京を「ロックダウン」するべきだと声も増えている。この「ロックダウン」は日本経済にとって何を意味するのだろうか。株式市場には、どう影響するのだろうか。
ロックダウンは都市封鎖とも言い換えられるが、一般には明確な定義があるわけではない。政府の「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」は3月19日付の資料で、仮に「数週間の間、都市を封鎖したり、強制的な外出禁止の措置や生活費需品以外の店舗閉鎖などを行う」と定義した。ただ、これも数週間という時間があいまいなほか、生活必需品とは何かといった点で、厳密さを欠く定義といえるだろう。特に日本では国内での戦争を想定した法整備がほとんどないため、そもそも強制的な外出禁止が難しいとの指摘も多い。
そうした観点では、東京都内のロックダウンは徐々に始まりつつあるといえそうだ。外出の自粛が効いている。衣料品の販売が多いファッションビルや百貨店では、すでに週末に臨時休業を実施している。「お出かけ用の服」を購入するのが「不要不急」だという意識が高まり、百貨店などの客足が急速に減少したことが大きい。訪日外国人観光客の姿もなくなり、三越伊勢丹ホールディングスの三越銀座店(東京都中央区)や、J・フロントリテイリングの大丸心斎橋店(大阪市中央区)などでは、3月の売上高が前年同月の半分にも届かなかった。
他人との接触を避けて感染を防ぎたいという防衛意識から、繁華街にも人通りが減っている。居酒屋などの来店客数も急速に減少。カフェ「ラ・ボエム」などを展開するグローバルダイニングが発表した3月の既存店売上高は前年同月比48.6%減だった。居酒屋チェーンなど「夜」が主力の外食は、4月中に発表する月次動向で3月の大幅減収が相次いで明らかになるとの見方が多い。こうした傾向は業務用食品のメーカーや卸売り会社などにも波及する可能性が高い。今後発表が相次ぐ3月の月次動向には関心が高まるだろう。
人の動きを遮断するのがロックダウンだというが、国や自治体などから要請を受ける前に、航空便は全日空も日航もスカイマークも、すでに国内・国際線で大幅な減便や運休を実施している。運賃収入が急減し、ANAホールディングスが1兆円の融資枠を日本政策投資銀行から得るとも伝わった。東京と他の大都市を結ぶ大動脈である東海道新幹線も、すでに乗車定員を大幅に下回る状態で運転している。仮にJR東海とJR東日本が国や自治体から、大都市間の旅客輸送能力を削減するよう求められたとしても、乗客数は現状と大差ない可能性が残る。
半面、ネット通販、テレワークやペーパーレスといった分野は、思わぬ恩恵を受けることになった。アパレルのユナイテッドアローズは3月、小売りの既存店売上高が前年同月比40.2%減と大幅に落ち込んだ一方で、同社のネット通販は同23.9%増と絶好調だった。アパレルのネット通販は自社サイトを通信に好調な推移が目立つ。このほか、ニトリホールディングスの3月(2月21日~3月20日)は前年同月に比べて休日数が増えた影響もあるが、既存店売上高が10.9%増だった。テレワークによって自宅で過ごす時間が長くなることから、身の回りを整えたいと思う需要も伸びたとみられる。
テレワークの延長線上に、個人的な会食や飲み会もテレビ会議システムを活用した、いわゆる「オンライン飲み」も増えている。オンライン飲みのメリットは、たとえば東京、京都、名古屋、大阪など複数の場所を結んで飲み会ができるという点だ。基本的に自宅から参加するので、スケジュールの調整も比較的容易だ。移動を減らして親交を保つことができ、今後は遠くに住む親戚などとのコミュニケーションにも重宝がられるのではないか。先週末、店内は空席が目立つのに、持ち帰りコーナーには長蛇の列ができている大手中華料理チェーンの店舗も見かけた。都心や繁華街の店舗に来客が減る一方で、代替需要も生まれている。
話を株式相場に戻すと、2月以降の株式相場の下落によって、かねて米国を中心に指摘されてきた相場全体の割高感が解消されたとの指摘は多い。日米とも3月下旬で株式相場がいったん下げ止まる動きになったのは、割高感の解消を反映しているともいえそうだ。しかし、ここまでの技術の進歩に追いつく形で、人間の時間や空間に対する価値観が大きく転換する可能性がある。今回の下げが、そこまで織り込んでいるのかどうかは未知数だ。経済的な制約が発生したことで、経済構造の転換が加速する可能性があるというわけだ。
患者の急増に医療が対応できなくなる「医療崩壊」を回避するため、一定の条件のもとに初診でも遠隔医療が活用できるよう規制緩和の流れもできた。安倍晋三首相が5年前に「東京には自動運転車がきっと走り回っている。ぜひ見に来てほしい」と言っていた2020年も、早くも4分の1が経過した。新型コロナウイルスがもたらした「ロックダウン」は小売り業界が痛手を受けただけ、というわけにもいかないだろう。こうした「スマート化」の担い手である日本の各業界大手、つまり株式市場で主力株に相当する多くの会社が急速な構造転換で一種の「痛み」を伴うのだとすれば、そうした株に買いを入れるのはもう少し待ってもよいのではないか。