SNSで話題の「蟹工船弁当」を食べに熊谷へ~小説との関連は?札幌の製造元に確認

北村 泰介 北村 泰介

 札幌発の「蟹工船弁当」が小林多喜二の小説「蟹工船」と絡めてツイッターで話題になっている。現在のブラック企業どころではない、生き地獄のような労働環境を描いた作品と、豪華な弁当のギャップに由来するようだ。その関連性の有無を確認しつつ、11月現在、関東で唯一発売されている埼玉県熊谷市まで弁当を買いに行った。

 10月28日に「つらい…」というコメントと共に「蟹工船弁当」(1890円)の画像がツイートされたところ、「いいね」が約2万2000件、リツイートが約1万件という大反響。「蟹工船弁当がブルジョワ価格という自己矛盾」「プロレタリアートは買えない」などと、1929年に発表されたプロレタリア文学の代表作を踏まえたリプライが相次ぎ、11月も投稿が続いている。

 「おい、地獄さ行(え)ぐんだで!」。冒頭のフレーズが強烈な「蟹工船」は昭和初期の作品にもかかわらず、作者没後75年の2008年には文庫本だけで約50万部が売れたといわれ、漫画化もされた。09年には松田龍平、西島秀俊らの出演で、名優・山村聡が監督&主演した1953年以来の映画化が実現。今回も「10年くらい前の蟹工船ブームはなんだったんだ」と振り返るツイートや、「一人の小説家が命を絶たれた事を知らない?」と特高警察の拷問によって29歳で逝った小林の人生を慮る投稿もあった。

 そこから感じたことは、SNS世代にも小説「蟹工船」への思いを持つ人が少なくないということ。「蟹工船弁当に対するリアクションを見てプロレタリア文学がまだ日本人の教養として機能している事を知る」と論じた投稿にも得心した。

 その上で、弁当との関連が気になり、製造元の「札幌蟹販株式会社」(札幌市)に問い合わせた。創業の88年から「蟹工船」は同社のブランドとなり、北海道内では「蟹喰い処 蟹工船」というレストランを経営。同社の大沢郁志郎社長は当サイトの取材に「平成元年から催事に弁当を出しています。ただ、商標権の関係で道外では『蟹元弁当』という名称でした。平成11~12年に日本全国で使えるようになり、道内と同じ『蟹工船弁当』に。価格は当初1200円でスタートしました」と経緯を説明した。

 そのネーミングに小説の影響はあったのか。93年入社の大沢社長は「先代社長が考えた名前です。小林多喜二の小説を知っていたかは分かりませんが、全く関係がないようです。蟹の専門店なので『たらば蟹の缶詰などの製品を作る船』ということで、昭和30年代まで北洋漁業で活躍していた『蟹工船』が思い浮かび、名前の響きから『使い勝手がいい』ということだと思います」と明かす。つまり「普通名詞」としての「蟹工船」だった。

 「弁当の中身はその年によって変わりますが、メインは蟹であること。蟹は4種類ですが、その年によって違います。おいしいと人気があります。他に蟹に特化した弁当業者はないですし」と大沢社長。SNSの反響については「消費者からの問い合わせはなかったです。今のところ展開が変わることはないですが、売り場に来られて(ツイートを)思い出して買う人がいるかもしれませんね」と語った。

 関東では熊谷市の八木橋百貨店での「冬の大北海道展」と題した催事で11月18日まで販売。熊本市など九州各地でも販売中だが、関東では唯一、しかも「年内最後」ということで、都内から片道2時間をかけて〝ラグビーの街〟に足を運んだ。

 蟹工船弁当を1890円で購入。ふたを開けると、ズワイ蟹の脚の棒肉が3本、蟹のほぐし身をまぶした酢飯の上に鎮座している。全長約10センチの棒肉をかみしめると、蟹の濃厚な香りと旨味が口内いっぱいに広がって鼻に抜けた。高価に思える値段にも納得した。

 往復4時間、そして5分で完食。「おい、天国さ行ぐんだで!」な味だった。

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