しかし、戦後になると、マツタケは激減した。その要因は燃料革命と松枯れのまん延だ。マツタケは山林に腐った落ち葉が堆積し、日当たりや風通しが悪いと発生量が減る。1960年代の石油やガスの普及で、薪(まき)や落ち葉が使われなくなると、成育に適した環境が少なくなった。山は放置されてマツも老齢化した。北米から侵入した昆虫を媒介にしたマツノザイセンチュウによる松枯れが70年代には深刻化した。
府は森林技術センター(京丹波町)が栽培研究を続けている。マツ山の雑木を切って風通しを良くし、腐った落ち葉を除去すると、マツタケは増えるという結果は分かったが、人工栽培の方法は確立していない。
藤田徹主任研究員(58)は「菌をまいて芽がでるまではできたが、育って収穫まで至っていない。シロで菌を感染させた苗を移植し、生やす実験をしている。分かっていない生態もあって、最後の一歩が出ていない」。
山と人の関係の変化とともに激減した神秘のキノコ。人工栽培による起死回生に期待がかかる。