2011年9月23日、大阪市此花区にある総合レジャー施設の中を、2匹のミニチュアピンシャーが歩いていました。1匹はテニスコート周辺を。1匹はオートキャンプ場を。どちらも首輪やリードはしていませんでした。
テニスコート外周で茶色のミニピンに遭遇したのは、上野敏幸さん・弘子さん夫妻。子供たちのテニスイベント参加のため、兵庫・西宮市から来場していました。
「飼い主を探すようにウロウロしていたので、駐車場に止めた車から逃げ出したのかと思ったんです。管理事務所にお願いして場内放送してもらいましたが、夕方になっても名乗り出る人はいなくて…。捨てられたのだと分かりました。お腹がパンパンに膨らんでいたのは、飼い主さんが『せめてお腹をすかせないように』とごはんをいっぱい食べさせたからではないでしょうか」(弘子さん)
愛犬家の上野さんは、その犬を一時的に預かることにしました。しかし、管理事務所に連絡先を伝えて車に乗せ、走り出したその瞬間、急に暴れ始めたそうです。「知らない人に連れて行かれるのがイヤだったんでしょうね」と弘子さん。仕方なく管理事務所に戻り、事情を話して置いて帰ることにしました。
犬や猫は生き物ですが、法律上は“モノ”。このような場合は拾得物として警察に届けられます。2週間後、上野さん宅に此花警察署から連絡が入り、あらためて引き取りに行くことになりました。
実は、同じような流れで此花警察署に収容されているミニピンがもう1匹いると聞いていました。その子は毛の色が黒。同じレジャー施設のオートキャンプ場で拾われたそうです。
ミニピンは断尻(尻尾を根元または中間部から切り落として短くすること)や断耳(立ち耳にするため一部を切り取ること)の習慣がありますが、2匹はその形状が同じだったそうです。つまり、同じ飼い主が、同じ日に、同じ場所で、2匹のミニピンを捨てたと考えられます。休日のレジャー施設には多くの人が訪れるので、誰かもらってくれるだろうと期待したのでしょうか。
上野さんは2匹とも引き取るつもりで首輪を2つ持って警察署に向かいましたが、拾得者ではないため黒のミニピンは引き取れず。後ろ髪を引かれる思いで茶色の子だけを連れて帰りました。ただ、どうしても黒い子の行く末が気になります。そこで後日、警察署に出向いて、「黒い子の新しい飼い主さんにうちの連絡先を渡してほしい」と託しました。
レディーちゃんと名付けられた茶色のミニピンは、トイレのしつけもできており、家に来た日の夜、弘子さんの腕枕で寝たそうです。
「前の飼い主さんに大事にされていたのが伝わってきました。警察署にいた2週間は心細かったでしょうし、私のことを『今日からはこの人に頼ろう!』と決めたんじゃないですか。男の人が苦手で、最初は主人も、宅急便の人もダメ。ハンガーに掛けた主人のスーツにも吠えていましたから、勝手な想像ですが、女性にかわいがられていて、でもパートナーの男性が犬嫌いで、捨てるように言われたんじゃないかと思います」
真実は分かりませんし、どのような事情があったにせよ、飼えなくなったのなら、新しい飼い主を自分たちで探すのが、命を預かった者の責任です。ただ、弘子さんが言う通り、泣く泣く手放したのかもしれません。だから、最後にお腹いっぱい、ごはんを食べさせたのかも…。
さて、黒い子はどうなったかといえば、拾った人物が一度、警察から引き取ったものの、先住犬との相性が合わず、飼うことを断念。ペット関連のイベントでポスターを掲示するなど里親探しをしていたところ、植並昭則さん・桂子さん夫妻(大阪市住吉区)が手を上げてくれました。新しい名前はルビーちゃん。今は植並家で2頭のドーベルマンと一緒に幸せに暮らしています。ただ、最初はやはり男性が苦手だったとか。
「オスワリもオテもマテもできました。しつけされているなと思いましたが、駐車場に車を止めて外に出ると、ソワソワして車に戻りたがったので、『また捨てられるんじゃないか』と怖かったのかもしれません。主人が少し手を動かしただけでビクッとしていたので、虐待も疑いましたね」(桂子さん)
警察の仲介により連絡を取り合った2家族は、犬を引き取った約1年後に舞洲の施設で初対面。そして今年、2匹が捨てられたであろう9月23日に、7年ぶりの再会を果たしました。毛の色は違いますが、顔立ちはよく似ていて、たしかに尻尾と耳のカットの形が同じ。姉妹で間違いないでしょう。
今回の取材を受けていただくにあたり、弘子さんからは「元の飼い主さんに、2匹が元気でいることを知ってもらえたら…」という思いを聞いていました。獣医さんの見立てによれば、レディーちゃんとルビーちゃんは10歳前後。そろそろ老犬の域ですが、愛情たっぷりに育てられ、元気に過ごしています。もちろん、これからも――。