鹿児島県指宿(いぶすき)市の指宿温泉といえば砂蒸し風呂が有名だが、温泉通が必ずといっていいほど立ち寄る鄙(ひな)びた共同浴場が住宅街の一角にある。「村之湯温泉」だ。かつては西郷隆盛も入ったことがあり、戦時中は特攻隊員が出撃前に体を清めた歴史も。そんな伝統ある共同浴場で、愛嬌をふりまいているのが、オーナーの堀之内けんさん(63)が飼う、チャタロウ(オス、推定4歳)だ。
「村之湯温泉」は明治14(1881)年創業。堀之内さんによれば、発祥は文久3(1863)年。田んぼから湧きだし、明治7(1874)年には西郷隆盛が江藤新平とともに入ったと伝えられている。
昭和に入り、堀之内さんの祖父・栄吉さん(享年88)が初代オーナーから買い取った。第2次大戦中は指宿海軍基地の特攻隊員が、ここで出撃前に体を清めたという。3代目の父親・士郎さん(享年90)が4年前に亡くなると、堀之内さんが4代目として引き継いだ。栄吉さんは島津家の血筋だそうで、古い木造建物の天井には、島津斉彬公と西郷どんの肖像画が並んで飾られている。
地元の人たちからは「むらのゆ」、「むらんゆ」と呼ばれ親しまれている。鄙びた感やレトロ感、泉質の良さが全国の温泉通を魅了してやまない。敷地内には、加熱用、飲泉用、足元湧出など自然湧出の源泉が4つあり、泉質はナトリウム塩化物泉。源泉の湯をミックスして温度を調整しており、微量の硫黄成分も含まれる。特に切り傷、皮膚病、神経痛、リウマチに効能があり、メタケイ酸が豊富に含まれているため、肌の保湿効果は抜群だ。
温泉の隣の母屋に料金箱があり、お客は入浴料(中学生以上1人300円)を自分で入れる。この料金箱のあたりはチャタロウのお気に入りの場所。そのため、料金を入れるとき、チャタロウをなでなでしていくお客が多い。「『体の痛みがとれますように』とか『いいことありますように』とか、仏様の代わりにチャタロウをさわって、願掛けしてから入浴される方もよくいます」と堀之内さんはほほえむ。