北朝鮮の農村で目撃したリアルな日常~写真家・初沢亜利さんが撮った“隣人”たち

北村 泰介 北村 泰介
北朝鮮の農村で深夜に畑を監視していた男性。ヘッドライトに驚いて立ちすくむ表情がリアルだ(撮影・初沢亜利)
北朝鮮の農村で深夜に畑を監視していた男性。ヘッドライトに驚いて立ちすくむ表情がリアルだ(撮影・初沢亜利)

 トランプ米大統領が6・12米朝首脳会談の中止を発表した。南北融和ムードから一転、北朝鮮情勢は再び先行き不透明になってしまったが、それでも変わらないことがある。どんな国家体制であれ、そこには「日常」があるということだ。5月に写真集「隣人、それから。38度線の北」(徳間書店)を出版した写真家の初沢亜利さん(44)に北朝鮮のリアルな日常を聞いた。

 今年、7度目の訪朝。2012年発表の前作に続く北朝鮮の写真集を出した。約50点を展示した写真展も8月15日までの長期間、東京・六本木の山崎文庫で開催されている。レストランで顔を寄せ合う若いカップルや、ケーキ店の美しい女性店員といった平壌の繁栄がうかがえる一方、地方で撮影した生々しい写真もまた、北朝鮮に対する固定観念に揺さぶりを掛けてくる。

 暗闇の中、ヘッドライトに照らされて農道と草むらの間に立ち尽くす男性の写真。「農村で深夜に車で真っ暗な中を走っていると、100メートルくらいの間隔で人が寝ているんです。聞くと、農作物を取られないように自分の畑を家族で交代に守っているんだと」。初沢さんはそう説明した。

 雪の農道を寄り添って通学する2人の幼い子どもの後ろ姿。雪化粧した冬の田んぼにしゃがんで歯磨きする男性。トラックのフロント部分がガラスではなくビニールだったり、集合住宅の建設現場など、政権側からすれば見られたくないであろう、つまり“美しい北朝鮮”ではない写真もある。だからこその「日常」がそこにある。

 イラク戦争前後のバグダッド、東日本大震災の翌日から1年間に渡る気仙沼、そして沖縄。写真家として向き合った地域と同様、北朝鮮も眼前にあった。「どこの国でも生活はあって市民がいる。考えてみれば当たり前のこと」と初沢さん。日本文化を知る案内人と共に平壌から中朝国境付近の地方まで回った。「何を撮ってるんだ」と文句を付けられたこともあったというが、撮影エリアが広がったと実感している。

 「(北朝鮮政府が)見せたい所だけ撮ってきたんだろうと、みなさんは思われるだろうし、ネット上でもそういう批判が並ぶんですね。ただ、地方をずいぶん撮ってきたというところですよね。家の中とか市場とか、ましてや強制収容所を撮ることはできないですけど、生活の一端がかなり写真に写し込めていると。そこは、かなり重要だと思います」

 米朝会談の決裂で対話ムードが後退し、今後の行方が懸念されている。そんな状況だからこそ、国家間の駆け引きではなく、「個」として北朝鮮の懐に入り、時間を掛けて「日常」を認識していくことしか現状打破はありえないのではないか。そんなことを思いつつ、初沢さんが撮った北朝鮮製の納豆(納豆アイスクリームも)やアヒルの焼肉(牛肉よりポピュラーだという)が食べたくなった。

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