「大変なことは尽きません。それでも、人も猫も安心できる居場所をこれからも守り続け、1匹でも多くの保護猫が救われ、ひとりでも多くの利用者さんの笑顔が生まれる場所でありたいです」
そう話すのは、岐阜県各務原市にある「こねこカフェ Sanctuary(サンクチュアリ)」のオーナーである堀部美穂さん。10年以上にわたり保護猫カフェを運営してきた堀部さんは2025年、自身のカフェで新たに「就労継続支援B型事業所」の取り組みをスタートさせた。
挑戦の裏にあったのは、カフェを維持する中で直面した「活動継続の限界」と、我が子の注意欠如・多動症(ADHD)を知ったことで強まった福祉業界への想いだった。
10年間の葛藤と「活動継続」への危機感
店名に「こねこ」と掲げられているが、お店では成猫の保護や譲渡も行っている。2015年のオープン以来、堀部さんは5000匹以上の保護猫たちを救い、里親の縁を紡いできた。
ただ、この10年間はコロナ禍という大きな社会の波だけでなく、自身の結婚や出産、家族との別れなども経験。公私ともに怒涛の日々だった。また、時代の流れによって保護猫カフェの数が増えたことで、来店客の数に波が見られるようにもなった。
「これまでは自己犠牲やボランティア精神、スタッフや家族の協力、温かい寄付などに支えられて何とか活動を続けてこられました。でも、10年後、20年後も活動を続けていくには、資金面の問題や慢性的な人手不足の壁を越えねばならないと危機感を覚えたんです」
年齢的にも体力的にも新しいことにチャレンジできるのは、今が最後かもしれない――。そんな焦りも抱く中で、堀部さんが保護猫カフェと就労継続支援B型の融合を選んだのは我が子がADHDと診断され、特性について学び始めたことがきっかけだった
「そしたら、自身にも当てはまることに気づいて。興味があることにはのめりこみ、思いついたらすぐ行動するなど、いままで不思議に思っていたことは自分の特性であったんだなと」
人はみな同じようにできなくてもいい。補い合い、好きなことや得意なことを活かせる場所があってほしい。自身の特性を知った堀部さんはそう思い、福祉業界への挑戦を決意した。
「ここに集まる人には猫が好きという共通点がある。できることは人それぞれでも、『猫のため』という同じ想いを持って頑張れる。それが、私の実現したい福祉の形でした」
未経験で福祉業界へ 利用者の「得意」を活かす事業所作り
未経験だった福祉業界。カフェの営業や保護活動を続けながらの申請作業は、想像を絶するほどの大変さだった。
また、多額の初期投資も必要であったため、開業後の10ヶ月間は「カフェも事業所も共倒れになってしまうのでは…」と感じるほど、常に金銭的な不安を抱えていた。
だが、堀部さんの挑戦は次第に実を結び、現在では約20名が利用者として登録しており、1日10名〜15名ほどが通所している。
「サポートにあたるスタッフは、私を含めて6名。一律の単純作業ではなく、ひとりひとりのできることや得意なこと、特性に合わせて仕事や役割を調整しています」
利用者が担当するのは、カフェ内にいる猫たちのお世話や接客、SNSでの情報発信、猫用首輪などのハンドメイド制作など多岐に渡る。
「在宅作業も可能です。スタッフがひとりひとりのペースに合わせて丁寧にサポートしますし、最初は清掃などの簡単な業務からスタートしていただくので、動物と暮らした経験がない方でも安心して取り組める環境になっています」
「自分にもできることがある」猫との触れ合いが生む嬉しい変化
堀部さんの事業所には、精神疾患やさまざまな生きづらさを抱えている利用者が多いそうだ。堀部さんらスタッフは疾患名や診断名でその人を判断せず、ひとりひとりの特性やペースを尊重することを何よりも大切にしている。
店内には常時100匹前後の猫たちがおり、過酷な環境からやってきた子も少なくない。そうした猫たちのお世話やケアに関わり、命を救う経験を重ねることは、利用者にとって「自分にもできることがある」「役に立てている」と自信を持つことに繋がっている。
「そうした実感は、働くことへの意欲にも繋がります。休憩時間に猫たちと触れ合って癒やされる環境であることも、保護猫カフェ×就労継続支援B型事業所の大きな魅力だと思います」
「猫と暮らしたい」を実現させた利用者の成長
猫を一生懸命お世話する利用者さんの笑顔や活き活きとした姿を見ると、「挑戦して本当によかった」と思える――。そう話す堀部さんが忘れられないのは、事業所を卒業し、一般就労を果たしたSさんの成長です。
通所当初から、「いつか猫と暮らしたい」という夢を持っていたSさんは通所する中で、その夢を少しずつ具体的な形に変えていきました。
Sさんの頑張りは素晴らしく、やがて事業所を卒業して一般就労。自らペット可の物件を探して引っ越し、堀部さんの保護猫カフェから1匹の猫を家族として迎え入れた。Sさんは今、「いつか保護猫カフェを開業したい」という新しい夢に向かって歩んでいる。
「それは決して簡単な道のりではありませんが、私は夢を持つこと自体に大きな意味があると思っています。保護猫たちとの出会いは利用者さんにとって、たしかに人生の転機となっています」
大変なこともたくさんあるけれど、これからも人も猫も安心できる居場所を守り続け、この取り組みを、10年後、20年後の未来に繋がるサステナブルなものとして育てていきたい――。そう語る堀部さんの保護猫カフェは、猫と人の両方が救われる温かい居場所だ。