「今の私がいるのはこの一冊のおかげ」。中学2年生のとき、産休に入る担任から贈られた本が、その後の進路や生き方を変えた―― 。そんな投稿が、Xで108万回以上表示されるなど、注目を集めました。
投稿したのは、エンジニアとして働く30代のしぶちょー(@sibucho_labo)さん。先生から贈られたのは、本田宗一郎の生き方やものづくり哲学を紹介する『本田宗一郎「元気のでる」生き方』。手元には今も、その一冊と手紙が残っています。本が自分自身に与えた影響や、先生の人柄について聞きました。
本を受け取ったのは、先生が産休に入る前の最後のホームルームだったといいます。クラス全員に、それぞれの個性に合う一冊を自腹で用意し、手紙とともに渡してくれたそうです。お笑い好きの友人には笑いに関する本など、「みんなの気質に合った本を選んでいました」と振り返ります。
はつらつとした先生のモットーは「一生懸命に対しては一生懸命で応える」。「誰に対しても応援する姿勢を忘れない、そんな先生でした」といいます。
手紙には、しぶちょーさんが中学入学時に語った言葉が記されていました。「ぼくは将来走り屋になりたいです」。車好きの少年らしい夢を、先生は覚えていたのです。学習専門委員や学級委員として仕事をこなし、部長として堂々と指示を出す姿にも触れ、さらに「誰に対しても分け隔てなくつきあえる、癒し系」という普段の顔まで細かく書き添えています。
本選びの理由についても、こう記されていました。「“走り屋”と言えば“車”。“車”と言えば“ホンダ”(?)。“ホンダ”と言えば、そうです“本田宗一郎”!!」。自ら「(?)」を挟む書きぶりで、「お互い、BESTを尽くしましょう!」と結ばれています。そして手紙の下部には「一生懸命に 一生懸命 応えてくれて ありがとう」と手書きで添えられていました。
「走り屋になりたい」少年が引き込まれたものづくり哲学
当時は本を読む習慣がそれほどなかったものの、受け取ってすぐに読み終えたそうです。本田宗一郎の豪快な生き方とものづくり哲学に引き込まれました。もともとは自動車整備士を目指して工業高校へ進学。しかし「もっとものづくりを深く知りたい」と考えるようになり、卒業後は大学に進みました。
「今の私がいるのは、この一冊のおかげと言っても過言ではない」
クラス全員分の本を選び、ひとりひとりに手紙を書く。その労力に、大人になった今こそ気づいたといいます。「どれだけ想ってくれていたかがよくわかる」と感謝をつづりました。
「いつかお礼を」ではなく今…反響が動かした23年越しの一歩
投稿には「ひとりひとりをよく見ていたからできること」「『一生懸命に 一生懸命 応えてくれて ありがとう』のところでうるっときました」といった声が寄せられました。また、「自分が見られるかわからない花の種をまく教師の生き方」と、先生の姿勢をたたえるコメントもありました。
反響のなかで特に多かったのが、「いつかお礼を言いたい、ではなく今でしょ!!」という声。「確かに」と思い、ダメ元で先生の名前を検索すると、異動先が判明したといいます。現在は教頭先生を務めていることが分かりました。
「善は急げ」。しぶちょーさんはお礼の手紙と、自身が執筆した技術者向けの“ネジの本”を先生に送りました。Xではその理由も明かしています。「技術書を書く今があるのも、あの時に貰った本のおかげだからね。本のお礼を本で返せるのも、なんかいいよね」。数日後、発送を報告する投稿には「先生もまさか、23年越しに“ネジの本”が送りつけられるとは思いもしないだろう」と思いをつづりました。
中学生の自分に合わせて選んでもらった一冊をきっかけに、ものづくりの道を歩み、自ら本を書く側になったしぶちょーさん。23年後、今度は“自分の本”を恩師へ返すことになりました。
「思い立ったが吉日、伝えたいことはすぐ伝えないと」。一冊の本で結ばれた縁は、反響をきっかけに、長年胸にあった感謝を届けるところまでつながりました。